都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは8月28日、2020年度のキックオフイベントを開催しました。新型コロナウイルス感染症の影響をふまえたスタートアップの海外進出戦略のほか、米国や欧州、アジアのエコシステムの最新情報を、各分野で活躍されている7人の登壇者の方々にご講演いただきました。

X-HUB TOKYOは都内のスタートアップのグローバルな活躍を支援し、海外企業との交流を通じて、都内経済の活性化を目指すプログラムです。2017年に事業を開始し、これまでに50社のスタートアップをサポート。200億円以上の資金調達に成功し、国内での事業提携数は98件を突破しました。

2020年度事業では、新型コロナウイルスによる危機をイノベーション創出のための契機と捉え、これまでにはないニューノーマルの創出をテーマに、新しいグローバルマーケットへの進出機会を提供します。海外展開を目指す都内のスタートアップに向けた「OUTBOUND PROGRAM」、海外スタートアップの東京進出をサポートする「INBOUND PROGRAM」のほか、海外の最新トレンドや起業家のリアルな体験を伝えるイベントを定期的に開催します。

今回のイベントでは「With / After コロナにおけるスタートアップの海外進出戦略」と題した基調講演に続いて、米国や欧州、アジア別のスタートアップエコシステムの変化についてのパネルディスカッション、そして実際に海外展開を行う先輩起業家による講演を実施しました。海外展開を目指すスタートアップだけでなく、VCや大学といったスタートアップのサポート機関の方々に対しても有益な最新情報を共有しました。

今回はそんな台湾の最前線で活躍するアクセラレーションプログラム運営団体であるGarage+に加え、選りすぐりの在台スタートアップ3社を招き、台湾のイノベーションエコシステムや日台企業の協業可能性をご講演いただいた。


基調講演:コロナ禍に海外展開を目指すスタートアップが留意したい5つのポイント

株式会社ユニコーンファームCEO 田所 雅之氏

ー今回のイベントは、国内外で連続起業家として広く活躍されている株式会社ユニコーンファームCEOの田所氏による基調講演からスタートしたいと思います。コロナ禍において、スタートアップには今どのような対応が求められているのでしょうか?

新型コロナが拡大して以降、約300人の起業家と話をしてきました。その中で私は、とにかく生き延びるために「ゴキブリスタートアップになれ」というアドバイスをしています。まずはランウェイを把握し、可能な限り資金調達を行う。売り上げの予測を立てたり生産性を向上したりと、できることはまだまだあるはずです。

新型コロナをきっかけに、2020年は「バーチャルファースト」とも呼べる時代に突入しました。社会生活におけるイベントが相次いでオンラインに移行している現状をふまえると、今後は職場やプライベートでも様々な変化が起きると思います。

これまでの歴史を紐解くと、最も強いものが生き残ってきたわけではなく、環境の変化にいち早く適応したものが生き延びてきました。現状の危機を乗り切ってしっかりと強く経営を続けた先に、スケールアップできる可能性や海外展開の余地も見えてくるはずです。

ー今後海外展開を目指すスタートアップは、どのような点を意識して戦略を立てることが重要でしょうか?

新型コロナによって大きく変化したわけではありませんが、海外展開に向けて戦略を立てるうえでは5つの重要なポイントがあると考えています。まず1点目は、海外進出を本当に望んでいるかどうかという「Want」の見極めです。創業者や経営陣が海外市場のカスタマーに対して共感を持っているか、現地の課題を解決したいという強い気持ちを抱いているかどうかが重要です。

2点目としては、海外で戦う際に優位性となりえる「Can」を確認しましょう。これまでの実績や技術力を分析し、実力を客観的に測ることが大切です。3点目の「Needed」は、自社のプロダクトやサービスに対して、どのくらいのニーズがあるかというポイントです。海外市場の潜在的な規模は大きいのか、どのくらい根深い課題が現地にあるのかを判断しましょう。

4点目の「Get paid」は、企業が成長して生き残るための方法として、海外市場への参入が適切かどうかという視点です。最後の「Growth Story」では、海外展開のストーリーが自社の成長軸とあっているかどうかを見極めることが重要だと考えています。


パネルディスカッション:海外のスタートアップエコシステムの変化と見通し

Scrum Ventures LLC 宮田 拓弥氏

ー続いてパネルディスカッションにうつります。新型コロナの影響をうけ、世界各地のスタートアップやエコシステムにも変化が生じています。まずは米国の現状について、Scrum Ventures LLCの宮田氏にお伺いします。

先日米国で開催されたスタートアップイベントをみると、新型コロナ発生時と比べて、少しずつ状況は落ち着きをみせています。リモートワークを中心に仕事に取り組めるようになると、今後はオンラインをベースにしたスマートシティーの実現が現実味を帯びてくるのではないでしょうか。現在は可処分所得がデジタル関連のサービスに集まりつつあり、バーチャルが果たす役割も広がっているように感じています。

新型コロナの影響をうけ、新規のビザ(査証)発行が難しい現状をふまえると、今すぐ米国に物理的に進出することは難しいでしょう。ですがオンライン上で海外にサービスを展開することは可能かと思います。

また、地政学的なリスクを考慮した結果、アジアに進出するために日本のスタートアップと接点をもちたいと考えている海外の企業はこれまで以上に増えてきています。ぜひこの機会に積極的にアプローチしてみてください。

ーありがとうございます。では欧州の状況について株式会社EDGEofの小田嶋氏、お願いいたします。


株式会社EDGEof 小田嶋 Alex 太輔氏

様々な国で構成されている欧州は、ワンマーケットとして捉えるのが難しいという前提があります。しかしその中でも共通の特徴として言えるのは、政府主導の取り組みや法整備のスピードが早いという点です。

欧州では、一時的に規則を見直すなどして、様々な業界で投票や審議のオンライン化を進める事例が相次いでいます。例えば、マンションなどの不動産管理プロセスで発生する住民の投票をオンラインで手がける現地のスタートアップは、爆発的に売り上げを伸ばしています。

現在は様々なイベントがオンライン上で開催されており、世界中の情報を集めやすい世の中になりました。早い段階からグローバルファーストの視点を身につけ、海外を「自分事化」して考えると、これから見えてくる景色も変わってくるはずです。

ー政府主導の取り組みは印象的ですね。ではアジアの状況について、リブライトパートナーズ株式会社の蛯原氏、お願いいたします。


リブライトパートナーズ株式会社 蛯原 健氏

新型コロナが拡大し始めた当初は市場が少し混乱しましたが、現在はシードやアーリーステージへの投資が順調に推移しています。アジアには社会課題が多いため、医療や教育分野におけるDXなどを中心に、骨太な価値を提供する社会問題解決型のスタートアップが増えています。

これまで投資家とスタートアップが出会う機会においては、対面でのプレゼンテーションが前提だったため、起業家が纏う雰囲気や熱意が重要なポイントとして認識されていました。しかし現在のようにオンラインでのコミュニケーションが主流になってくると、数字や実績が企業の力を証明する材料になります。今のスタートアップには、サービスの本質を磨き続けながら、今まで以上に数字で証明する力をつけることが求められていると思います。

国境を越えた移動が難しい今こそ、私たちはアジア・ゲートウェイファンドとして、アジアの水先案内人として、様々なサポートを提供していきますので、ぜひ日本の企業、スタートアップ起業家の皆様も今こそ海外展開にチャレンジしていただけたら幸いです。


先輩起業家講演:米国や欧州、アジアの海外展開の魅力と実情

株式会社バカン 河野 剛進氏

ーでは最後に、実際に海外進出を果たした3人の先輩起業家の方々からお話を伺います。まずは株式会社バカンの河野氏、お願いいたします。

飲食店や百貨店、不動産の空き情報をリアルタイムで確認できるポータルサイト「VACAN(バカン)」を運営しています。2016年に創業し、現在は台湾と上海でも事業を展開しています。

中国には圧倒的なポテンシャルをもつ市場があり、商業圏も急速に拡大しています。またハードウェアを現地で製造しているため、工場とのやり取りや製品管理の面でもメリットを感じ、中国マーケットに参入しました。現地進出にあたっては、日本と中国では使用しているクラウドが違う点が大きなハードルとなりました。許認可制度も複雑で、とても苦労したことを今でも覚えています。

ですが現地でサービス拡大に注力した結果、2020年には日系企業としては初めて、中国と台湾で政府系のアクセラレータープログラムに採択いただくことができました。今後も混雑状況の可視化を起点に、利便性を高めながら地域住民や観光客が安心して暮らせる街づくりを進めていきたいと思います。

ーありがとうございます。続いてライフイズテック株式会社の水野氏、お願いいたします。


ライフイズテック株式会社 水野 雄介氏

中高生向けのプログラミング教育サービスを手がけています。2010年に創業し、これまでデジタル人材の育成に向けて、様々な企業や自治体と連携を進めてきました。サービスを展開するうえでは、協業したいと思った相手に対して、こちらから積極的にアプローチを続けてきました。また、企業や自治体と提携した際にプレスリリースを意識的に配信することで、新しくお声がけいただく機会も増えてきたように思います。

こうした積み重ねが形になり、2016年頃からは米国でテストマーケティングを始め、2019年には米国拠点を設立しました。しかし新型コロナの影響をうけ、当初よりも大幅に予定が遅れ、先日ようやく現地でビジネスをスタートすることができました。

海外展開を目指すうえでは、予期せぬ問題が多々発生します。そこで最も重要になってくるのは、起業家やリーダーのパッションではないでしょうか。「絶対に成功させたい」という強い想いをもつリーダーが現地の事業を率いることで、見えてくる結果は変わってくると思います。

ー経営陣の熱い想いが重要なのですね。では最後にドレミング株式会社の高橋氏、お願いいたします。


ドレミング株式会社 高崎 義一氏

金融とテクノロジーを組み合わせたフィンテック関連のサービスを、イギリスや米国、インドなどで展開しています。金融口座をもたない人々は世界に20億人いるという試算もあり、2015年の創業以降、貧困や格差といった社会課題の解決を目指して事業の拡大を進めてきました。

現在では弊社の理念に共感いただき、国際連合やノーベル平和賞受賞者のヌハマド・ユヌス氏からも高い評価をいただいています。そして日系のフィンテック企業としては初めて、ロンドンの金融街の中心にあるコワーキングスペース「レベル39」にオフィスを構えることができました。欧州では難民への対応が重要な政策課題となっており、私たちが金融サービスを通じて果たせる役割は大きいと考えています。

現地にはそれぞれ個別の課題があるため、サービス開発にあたっては社外や現地の開発会社と協働してビジネスに着手しています。現在はアフリカ地域などの新興国からの引き合いも増えてきました。ぜひ世界の課題解決を目指して、一緒に挑戦してみましょう。

ー当キックオフイベントでは米国や欧州、アジアのエコシステムの最新情報や、With/Afterコロナを踏まえたスタートアップの海外進出戦略など、多様なコンテンツをお届けいたしました。引き続きX-HUB TOKYOでは様々なイベントを通じて、海外展開を目指すスタートアップにとって有益な情報のほか、オープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。