都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは9月4日、第1回海外展開セミナー「DX先進都市深センの今とスタートアップが知るべき進出のヒント」を開催しました。新型コロナウイルス感染症の影響を受けてDX(デジタルトランスフォーメーション)先進都市では何が起きているのか、深センの今とともに、スタートアップが知るべき進出のヒントをお届けしました。
今回のイベントでは「深センのエコシステム紹介」と題した講演に続いて、深センの今とスタートアップが知るべき進出のヒント、そして海外を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方についての講演を実施。海外展開を目指すスタートアップだけでなく、VCや大学といったスタートアップのサポート機関の方々にも有益な最新情報を共有しました。
深センの歴史とエコシステムの成り立ち
深圳市駐日経済貿易代表事務所 副所長 冷岡倍華氏
ーまず初めに、深センの概要やエコシステムについて、深圳市駐日経済貿易代表事務所の冷岡氏にお伺いします。
香港に隣接する深セン市は、北京市や上海市、そして広州市とならぶ中国本土の4大都市のひとつです。東京都とほぼ同じ広さの面積に、約1300万人の人々が暮らしています。元々小さな漁村だった深センは、近年ハイテク産業や金融業などを中心に急速な経済成長を遂げ、イノベーション先進都市として世界中から注目を集めるようになりました。
深センに進出している日系企業の数は、2017年に400社を突破しました。京セラがイノベーションセンターを開設したり、EV(電気自動車)の研究開発を目的に、トヨタ自動車が中国のEV大手の比亜迪(BYD)と合弁会社を設立したりと、日本と深センの交流も活発です。
深センは1980年に中国初の経済特区として指定され、2020年までの約40年間で人口は40倍に増加しました。市民の平均年齢は33歳と若く、人口の9割は移住者で構成されています。「来了就是深圳人」(来ればすなわち深圳人)という言葉の通り、誰にでも平等にチャンスが与えられる都市として、起業志向の強い様々な夢をもった若者を集めてきました。
ー深センはなぜイノベーション先進都市として発展を遂げたのでしょうか?
イノベーションを生み出す土壌が整っている点が、深センの何よりの強みだと思います。市内には投資家やVCが集まるエコシステムが形成されているほか、中国政府は人材や資金の流動性を高め、場を整備するために、惜しみないサポートを提供してきました。例えば、海外へ留学した中国の優秀な学生を深センに誘致するために、税制の優遇措置を講じたり、住宅手当などを充実させています。
イノベーションの推進だけでなく、深センは環境問題についても配慮し、重点的な施策をおこなってきました。2017年には市内を走る公共バスの100%電動化を実現し、エネルギーの消費量は中国国内の都市において最も低い水準を誇っています。さらに2019年には、深セン経済特区知的財産権保護条例を制定。知的財産権の保護に向け、様々な対策も講じています。
現在はロボットやウェアラブル端末、そして人工知能(AI)の分野で開発を手がける企業が増えつつあり、高速通信規格の5Gの整備も進められています。深センはとにかく効率を求め、開発スピードを重視する都市です。そのスピード感と日本がもつ高い技術力を組み合わせることで、より良いサービスや製品が展開できるのではないかと考えています。
深センの現在地と、スタートアップが知るべき進出のヒント
JENESIS株式会社 代表取締役社長 藤岡 淳一氏
ー続いて、深センでEMS(電子機器の受託製造サービス)業を手がけるJENESIS株式会社の藤岡氏に、深センの現状や特徴をお伺いします。
現在は新型コロナウイルスの影響も落ち着き、経済も回復基調にあります。深センは最先端の研究開発(R&D)のほか、普及価格帯の製品開発もできる街として、ものづくりの分野を中心に発展を遂げてきました。「まずは市場で検証してみる」というスタンスのスタートアップが多く集積しており、これまでの挑戦と失敗の積み重ねが、深センという街を形成しているように思います。
深センの特徴として、部材の調達から設計、そして試作や認証の取得まで、ワンストップでものづくりができる点が挙げられます。市内を車で1時間走るだけで、部品を小ロットで調達できるサプライチェーンが確立されているため、低コストでスピードを意識して商品を製造できることも強みです。
ー日本のスタートアップが海外進出を目指す際には、どのような点を意識することが大切でしょうか?
これまで長い間中国に滞在してきましたが、日本の企業がグローバルに戦うためのマインドセットとしては、重要なポイントが3つあるように思います。まず一点目は常識を疑う姿勢です。日本は信用をベースにビジネスや経済が成り立つ場面が多いと思いますが、中国や海外では状況が異なります。良いビジネスパートナーと出会うためには、展示会などで会話を重ね、相手を信頼できるかどうかしっかりと判断することが大切です。
二点目は、労働人口の多様性を理解することです。中国では同じ会社内でも、月収の差が10倍を超える社員が混在していることが一般的です。ブルーカラーやホワイトカラーの区別だけでなく、様々な層の労働人口がいることでサービスが成り立っているという側面を、決して忘れてはいけないと思います。
三点目は、達成したいビジョンや目標を明確にすることです。深センのような出稼ぎの街には、とにかくがむしゃらに勉強して働き、高級なマンションや車を購入したいという明確な欲をもつ若者が多く集まっています。そのため自身の欲望の向け先をはっきりさせておかなければ、周囲の熱量に埋もれてしまう可能性があります。
今後深センの優位性を活かせる分野としては、社会課題の解決を目指し、ハードとソフトを連携させたサービスが注目を集めるようになると考えています。金融とテクノロジーを組み合わせたフィンテックや、デジタル技術の力で人々の生活をより良いものへと変革することを目指すDXなどがその代表例です。深センのエコシステムを活用してトライ&エラーを高速に回すことができれば、社会をアップデートするような事業や製品を新たに生み出せるのではないでしょうか。
海外を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方
Plug and Play Japan株式会社 投資部門代表 村瀬 功氏
ー最後に、シリコンバレーを拠点に活躍されているPlug and Play Japan株式会社の村瀬氏に、海外を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方についてお伺いします。
スタートアップが海外展開において考慮すべきポイントとしては、4つの軸が重要だと考えています。いつ進出するかという「タイミング」と、どのように現地でサービスを展開するのかという「ローカライゼーション」。そしてどのように資金を調達するかという「キャピタル」と、どのような人材を獲得すべきかという「ヒューマンリソース」です。
海外を目指すスタートアップが事業戦略を描くうえでは、海外に展開するタイミングや企業のステージによって、重視すべき点が異なります。起業当初から海外進出を目指す場合は、サービスの優位性が鍵を握るでしょう。また、投資家などとコネクションを築きたい場合は、現地のアクセラレータープログラムへの参加をおすすめしています。
現在米国では新型コロナの影響や政策の関連で、新規のビザ(査証)発行が難しい状況にあります。ですがアメリカ人の共同創業者を探すなどいくつか方法はあるかと思いますので、ぜひアプローチしてみてください。
ー国内でサービスを展開した後に海外進出を目指す場合は、どのような戦略が重要でしょうか?
国内でスケールしてから海外展開を目指す場合は、しっかりとサービスの軸を定め、ローカライズを徹底しましょう。競合他社が進出しているという焦りだけで進めてしまうと、なかなか思うようには成功しません。例えば、米ライドシェア大手のウーバーテクノロジーズは、東南アジアでローカライズを徹底しなかったため、同業大手のグラブに事業を売却する結果になりました。
同じように日本で上場してから海外を目指す場合にも、すでに現地で同様のサービスが展開されているケースが多くあります。しかし日本と海外の市場の違いやマーケティング手法の違いを踏まえたうえで進出すると、大きな功績を残せる可能性もあるでしょう。世界を見渡してみると、すでに海外で成功しているモデルを自国で展開する「タイムマシン経営」を手がけるスタートアップも多く存在しています。
米国はスタートアップにとって「メジャーリーグ」のような場所ですが、米国で一度成功すると、その後の展開はより明るくなると思います。しっかりと戦略を練って、積極的に海外展開を目指していただけたら幸いです。
ー当イベントでは新型コロナウイルスの影響を受けてDX先進都市では何が起きているのか、深センの今とともに、スタートアップが知るべき進出のヒントをお届けしました。
引き続きX-HUB TOKYOでは様々なイベントを通じて、海外展開を目指すスタートアップにとって有益な情報のほか、オープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。