都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月11日、2022年度 X-HUB TOKYO #2 海外展開セミナー「ヨーロッパ市場への挑戦~ドイツ、ロンドンのエコシステムの比較~」を開催しました。

本イベントでは、事業全体の概要紹介をはじめ、ドイツやロンドン市場の魅力や最新トレンドのほか、ヨーロッパ展開を目指すスタートアップが知るべき戦略などを紹介しました。

イベント前半では、JETROベルリン事務所の中村容子氏とJETROロンドン事務所次長の崎重雅英氏が、ロンドンやドイツのエコシステムの特徴と最新情報を共有。続いて、ロンドンに拠点を構えるドレミングジャパン株式会社で代表取締役会長を務める高崎 義一氏が、英国ビジネスのリアルをお届けしました。

そしてイベント後半のパネルディスカッションでは、パネリストに株式会社SWAT Labの代表取締役である矢野 圭一郎氏と、Public Meets Innovation理事であり、前・在英国日本国大使館一等書記官の片岡修平氏が登壇。ファシリテーターの合同会社エッジオブ・イノベーションCEO小田嶋 Alex 太輔氏と共に、ドイツ、ロンドンのスタートアップエコシステムの違いや、海外展開を目指すスタートアップに向けたメッセージを発信しました。


ドイツ、ロンドンのエコシステムの特徴

JETRO ベルリン事務所
中村 容子氏

はじめに、JETROベルリン事務所の中村容子氏に、ドイツの経済状況やスタートアップエコシステムの特徴についてお伺いします。
ドイツはEU加盟国の中でも、人口、GDPともに最大規模を誇る国です。国内には自動車や産業機器、そして化学分野を中心に、大企業のみならず、中小企業も含む多くのグローバルプレーヤーが活躍しています。また、地域ごとに特徴のある企業や産業が集積していることから「ドイツは中央集権型ではなく、地方分散型の経済」と言えるでしょう。
ドイツ政府が注目する政策テーマは、EVやIoT、カーボンニュートラルや環境技術、そしてデジタルヘルスケアや食などの分野。これらの領域では、スタートアップにも活躍する幅が広がっていると考えています。そして、それぞれの地域の産業集積に応じて、特徴のあるエコシステムが形成されています。
たとえば、ドイツ最大のエコシステムがあるベルリンでは、フィンテックやAI、IoTやクリーンテックが盛んです。そして、外国人による起業が多く、スタートアップのビジネスエリアでは英語でビジネスが行われていることも、特筆すべきでしょう。また、ドイツ最大の経済州であるノルトライン・ヴェストファーレン州のデュッセルドルフには、エネルギーや機械、IT関連のスタートアップが集積しています。さらに、バイエルン州ミュンヘンは、BtoBのスタートアップが多数集まっており、BMWやシーメンスといった自動車・機械関連分野の協業・潜在顧客が多く存在しています。
このほか、ドイツでは産学連携の文化が醸成されていることからスタートアップとの協業も盛んであり、また、多くの大企業がスタートアップとの連携を求めてアクセラレーションプログラムを実施、これらもドイツ市場開拓の入り口ともなりえると考えます。ぜひX-HUB TOKYO、ジェトロを水先案内人としてご活用いただき、ドイツでビジネスチャンスを掴んでいただけたらと思います。
ありがとうございました。それでは、JETROロンドン事務所次長の崎重雅英氏に、ロンドンのエコシステムや、その強さの理由についてお話しいただきます。
ロンドンを含めた英国は、世界的にみても、スタートアップエコシステムが大きく発展しているエリアです。たとえば、2022年1月から5月の英国のスタートアップ投資額は156億ドルと、米国に次いで世界第2位をマーク。投資分野としては、フィンテックが最大規模を誇る点が特徴です。
こうしたスタートアップエコシステムの強さの源泉は、一体どこにあるのでしょうか。私たちは「政府の積極的な政策」「洗練された自由市場」、そして「世界レベルの教育機関」の3つの強みが相互に連動することで、欧州最大のスタートアップエコシステムが形成されていると考えています。
まず、政府の政策としては、規制のサンドボックス制度などをいち早く整備してきたほか、Innovate UKやカタパルトなど政府関連機関による充実したサポートプログラムを実施。また、国家AI戦略や英国デジタル戦略など、国家戦略として「デジタル」を産業発展基盤に位置付けています。外資にもオープンかつフレンドリーなビジネス環境であり、協業先や出資元となるグローバル大手企業が集積していることは、「洗練された自由市場」であることを物語っています。さらに、世界の大学ランキングトップ10のうち4つが英国の大学であり、ロンドン、オックスフォード、ケンブリッジで高度人材を供給するいわゆる「ゴールデン・トライアングル」を形成していることも、英国のエコシステムの強みといえます。
私たちJETROロンドンでも、日系スタートアップの皆さまの英国展開を支援するため、現地パートナー候補との商談のアレンジやコワーキングスペースの無料でのご提供など、さまざまなサポートを提供しています。ぜひご活用いただき、ロンドンを含めた英国を進出先として検討していただけたらと思います。

英国ビジネスのリアル

ドレミングジャパン株式会社 代表取締役会長
高崎 義一氏

続いて、フィンテック企業として、英国をはじめ多くの国や地域で事業を展開されている、ドレミングジャパン株式会社代表取締役会長高崎 義一氏に、現在の事業の進捗や、英国ビジネスのリアルなどをお伺いします。
ドレミングでは、金融とテクノロジーを組み合わせたフィンテックサービスを展開しています。2015年の創業以降、弊社の理念に共感いただき、国際連合や英国政府からも高い評価をいただいており、日系のフィンテック企業としては初めて、ロンドンの金融街の中心にあるコワーキングスペース「レベル39」にオフィスを構えることができました。欧州では難民への対応が重要な政策課題となっているため、私たちが金融サービスを通じて果たせる役割は大きいと考えています。
英国では特に、フィンテックや金融に関するビジネスが非常に歓迎されているように感じています。また、東京都とロンドン市の間には友好都市関係が締結されていることもあって、協業に前向きな企業が多いことも特徴と言えるでしょう。
私たちは現在、英国や米国だけでなく、中東やインドなど、いわゆる「開発途上国」と呼ばれる国や地域でも事業を展開しています。特に治安が安定していない国では、現金の持ち歩きが危ない、偽札が多いなどの理由から、デジタルマネーの普及が急速に進んでいます。こうした動きは、日本にとっても、新しい市場をつくる最大のチャンスだと捉えることができるはずです。
昨今は英国でもSDGs関連のビジネスにも注目が集まっています。今後も貧困や格差といった社会課題の解決を目指して、よりニーズのある地域や国へ、積極的に進出していきたいと思います。

ドイツ、ロンドンのエコシステムの違いや、進出時に考えるべき事業戦略とは

左上、右上、中央下の順番から
合同会社エッジオブ・イノベーションCEO
小田嶋 Alex 太輔氏、
株式会社SWAT Lab代表取締役
矢野 圭一郎氏、
Public Meets Innovation理事 / 前・在英国日本国大使館一等書記官(外交官、財政金融担当)
片岡 修平氏

それでは、株式会社SWAT Lab代表取締役矢野 圭一郎氏と、Public Meets Innovation理事 / 前在英国日本国大使館一等書記官(外交官、財政金融担当)片岡 修平氏に、ドイツとロンドンのエコシステムの特徴や、進出時に考えるべき事業戦略についてお伺いします。
矢野:私たちはベルリンを拠点に、オープンイノベーション支援事業を展開しています。ベルリンのエコシステムでは、自動車領域の盛り上がりが目覚ましく、日本の基幹産業との相性も良いように感じています。また、国籍や人種、そして職業に多様性があり、フリーランスや学者、アーティストなど、「サラリーマン」以外の肩書きを持つ人が多いのも、特徴のひとつと言えるでしょう。ただ、ドイツは地域によって大きく地域差があるため、一括りにすることなく、それぞれの地域や市場の特徴を捉えることが重要です。
片岡:私は内閣官房で、規制のサンドボックス制度の企画立案・海外折衝、同制度運用を通じたフィンテック・ヘルスケアテック等支援などを担当した後、在英国日本大使館一等書記官としてロンドンに駐在し、英政府渉外と並行して、日本人のいない現地コミュニティを新規開拓していました。ロンドンは、政府の支援が規制面・人材面・投資面、非常に丁寧なことに加えて、挑戦を是とする民間のマインドセット、フィンテックやインシュアテックのハブと言えるほど多数の有力なアクセラレータ、シリーズC以降をメインとする資本力のある投資家、多くのスタートアップ英語人材が英国EUのみならず旧英連邦諸国・中近東・インド・南米・アフリカ等からも広く集まり、エコシステムが形成されています。しかしながら、保険や金融以外の領域でも、クリーンテック・アグリテック・ディープテック系統の企業がインシュアテックのトップアクセラレータに採択されているなど想像以上に協業できる事業分野は多いように感じています。また最近では、近隣国で低税率だったアイルランド・ダブリンに本社R&D機能を構えていたGAFAMほかテックファームが、GDPR(EU域内の個人データのEU域外への移転についての規定)厳格化などの傾向を受けて、EUを離脱した英国ロンドンに本社を移転する動きも近年目立ちます。そのため、資本力をもってすれば、良いデジタル人材を採用しやすい傾向にあるのもスタートアップ進出にとってよい傾向と言えるでしょう。
最後に、これから海外進出を目指されているスタートアップや企業に向けて、メッセージをお願いします。
矢野:海外進出で一番気をつけたいのは、海外に行くことや、海外進出自体を目的にしないことだと思います。海外展開によって、事業やビジネスが拡大するかどうかを見極めてから、一歩を踏み出しましょう。また、海外でビジネスを始めるとなると、海外法人の設立をはじめ、形や箱を整えることを想像される方も多いかもしれません。ですがその前に、現地のパートナーを見つけ、市場の可能性を探ることが重要です。はじめから現地に根を張ろうとせず、徐々に現地の事情が分かってきたら、法人を設立したり、カントリーマネジャーを採用したりというように、具体的に事業を進めていくことをおすすめしたいと思います。
片岡:私も矢野さんと同じ意見を持っていまして、付け加えるとすれば、「まずは現地に10日、行ってみる」という姿勢も忘れずにいたいですね。現地に行くことで初めてみえてくる課題(大手銀行の口座は住所がないと開きにくい、でも、銀行口座がないと家を借りられないなど)は決して少なくありませんし、それゆえのニーズと帰結(サウスケンジントンにあるホテルと住居が同一住所同一名称のサービスアパートメントに10日滞在して大手銀行口座を開くというTipsあり、大手がダメでもパスポートと自撮り動画でスマホ申し込み後5日でキャッシュカードが手元に届くチャレンジャーバンクが30ブランド以上あり)も肌身に感じられます。また、皆さんの想像以上に英国には個人事業主が多く、全国99%の中小企業のうち75%以上は社員ゼロ人です(Coupanies Houseという英国における中小企業庁のようなサイトではすべての法人・住所・代表が検索可能です。マンションの隣人も、昔ながらの友人も、実は個人事業主だったというケースが多々あります)、渡英初期から協業先を探しやすいという傾向もあります。英国に友人の法人拠点があれば、政府のスタートアップ支援を受けるのはもちろんのこと、さまざまなビジネスパートナー・アクセラレータ等から支援を受ける機会も広がります。もともと多様性だらけの都市ですので、アジア人だから女性の代表だからなど差別的に見られることもありません、ぜひ積極的に挑戦していただけたら嬉しいですし、具体に挑戦意向のある方は必要に応じてお声がけください。

当イベントでは、日本のスタートアップ企業がヨーロッパ市場への進出を検討する際に有益な情報をお伝えしました。引き続きX-HUB TOKYOでは、様々なイベントを通じて、海外のオープンイノベーションの最新トレンドやエコシステムの特徴などを発信していきます。