都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月2日、「X-HUB TOKYO #2海外展開セミナー 英国・欧州市場への道~エコシステム概況と展開のリアル~」を開催しました。

本セミナーでは、魅力的なスタートアップ・エコシステムが多数存在する英国および欧州市場に着目。エリア特有の成長分野や、スタートアップが事業を展開する上でのチャンスや課題について、実践的な視点から最新の情報を共有しました。

イベントの前半では、Pasona N A, Inc. Vice President(副社長)の大山哲生氏にご登壇いただき、アメリカの政治・経済情勢を背景に、ニューヨークとシリコンバレーそれぞれの特性や進出時に留意すべき点について、多角的な視点から解説いただきました。

イベントの前半では、ディープテック・フィンテック | クロスボーダー投資家で元グローバル・ブレイン株式会社 パートナー、欧州部門責任者の上前田直樹氏が登壇。英国・欧州のスタートアップ・エコシステムの全体像をはじめ、地域ごとの強みや注目領域など、最新のインサイトをご共有いただきました。

後半では、上前田氏のファシリテーションのもと、英国や欧州展開を進めている先輩起業家として、RUN.EDGE株式会社 代表取締役社長の小口淳氏、アスエネ株式会社 事業開発本部 海外事業開発部 マネージャーの柳井森吾氏をゲストに迎え、パネルディスカッションを実施。今後海外展開を目指すスタートアップにとって有益な情報をお伝えしました。


英国・欧州のエコシステム紹介

ディープテック・フィンテック | クロスボーダー投資家
元グローバル・ブレイン株式会社 パートナー、欧州部門責任者
上前田直樹氏

はじめに、現在の英国・欧州のスタートアップ・エコシステムの全体像について教えてください。
欧州では依然としてロンドン、パリ、ベルリン、ストックホルム、チューリッヒが主要なスタートアップ・ハブとして機能しています。中でもロンドンは、「Startup Genome」の2024年世界都市ランキングで3位となり、欧州の中核として強い存在感を放っています。

また、近年ではスペインやアイルランド、特にダブリンが急速に存在感を高めており、研究開発拠点として注目を集めている点も特徴のひとつです。欧州には550社以上のユニコーン企業が誕生しており、それらから新たなスタートアップが生まれるトレンドも続いています。
スタートアップシーンにおいて、特に注目すべき投資トレンドはありますか?
欧州ではディープテック分野の盛り上がりと投資拡大が顕著です。大学や研究機関の強みを活かしたディープテック・スタートアップが増加しており、AI、半導体、スペーステックなどの分野で成功事例が出ています。また、ディフェンステックの別称として「レジリエンステック」という言葉も広まりつつあります。

2024年のVCによるディープテック分野への投資額は過去最高の78億ドルに達し、前年比56%の増加を記録しました。リスクが高いと思われがちなディープテックですが、実際のイグジット期間は平均7〜9年と、他領域と大きく変わらない点も注目に値するでしょう。
日本のスタートアップにとって、欧州市場にはどのような可能性があるのでしょうか?
米中摩擦や米国の関税政策の影響で、欧州への関心が近年ますます高まっているのを感じています。これは、アジアや日本のスタートアップにとって“漁夫の利”的に恩恵を受けるチャンスでもあります。

特に英国と日本の関係性は強化されており、ロンドン・テックウィーク期間中は現地イベントでの交流の機会が増え、相互の関心も高まっているように感じました。欧州はディープテックを中心とした技術系スタートアップにとって、成長の土壌が整いつつある市場だと考えられるので、ぜひ皆さんも積極的に挑戦していただければと思います。

パネルディスカッション:英国・欧州ビジネスの未来を切り開く〜成功の秘訣〜

(左上)ディープテック・フィンテック | クロスボーダー投資家 上前田 直樹氏
(右上)アスエネ株式会社 事業開発本部 海外事業開発部 マネージャー 柳井森吾氏
(中央下)RUN.EDGE株式会社 代表取締役社長 小口淳氏

続く後半では、引き続き上前田氏をファシリテーターにお迎えし、RUN.EDGE株式会社 代表取締役社長 小口淳氏、アスエネ株式会社 事業開発本部 海外事業開発部 マネージャー 柳井森吾氏をパネリストにお迎えします。はじめに皆さまの自己紹介と、現在の英国・欧州市場での事業展開状況について教えてください。
小口淳(以下、小口):こんにちは。RUN.EDGEは、スポーツ映像を活用したクラウドベースの分析SaaSを開発・提供するスタートアップです。私たちの主力製品は、プロスポーツチームのコーチやアナリストがリアルタイムで映像を分析し、戦術的なフィードバックを行うためのツールとして活用されています。これまでにプロ野球や欧州のサッカーリーグなど、さまざまな競技・地域で採用されており、プロダクト開発段階から現地で得た多様なフィードバックを反映し、グローバルに通用する製品へと進化させてきました。現場のニーズを肌で感じながら磨き上げてきたからこそ、今、現地で少しずつ手応えを感じています。

柳井森吾(以下、柳井):はじめまして、柳井と申します。弊社アスエネは、クライメートテック領域で事業を展開しています。主力サービス「アスエネ」は、企業活動に伴う温室効果ガス排出量を可視化・管理し、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル実現を支援するクラウドプラットフォームです。企業のESG評価や各種規制への対応において不可欠な、CO₂排出量の算定および報告プロセスを、正確かつ効率的にサポートしています。

海外に目を向けると、特に欧州は、サステナビリティ関連規制の進展が非常に速く、クライメートテック領域における最先端市場といえます。そうした市場に進出することで、最新の規制動向や競合の動きをいち早く把握できると見込み、海外展開に注力しています。
英国・欧州市場への展開において、効果や成果を実感された具体的な瞬間があればお聞かせください。
小口:海外進出を本格的に進める前のリサーチ段階で、スペインのスポーツアカデミーと接点を持つ機会がありました。その後コロナ禍を機に、同アカデミーのオンライン講座で弊社サービスを活用していただくことになり、より多くの受講者にご利用いただけるようになりました。

スペインは言うまでもなくサッカーの本場であり、受講を終えたコーチたちが母国に戻った後も、現地で継続的に弊社サービスを導入してくれるケースが増えています。こうしたグローバル展開の兆しを目の当たりにしたとき、欧州市場への進出を目指して良かったと、強く実感しました。

柳井:欧州では、サステナビリティに関する規制や基準が国ごとに異なっており、それぞれに最適化した対応が求められます。そうした中で英国に進出したことで、弊社のプレゼンスが大きく高まった点は、事業推進の大きな追い風になっているように感じます。欧州に拠点を設け、ローカルのコンサルタントと連携していることで、「欧州の最新動向をキャッチアップしている企業と話がしたい」といった問い合わせをいただく機会が非常に増えました。また、アジア圏で築いてきたネットワークを通じて欧州の企業を紹介してもらうなど、地域をまたいだ展開の連携も生まれ始めています。
最後に、今後欧州市場を目指すスタートアップに向けて、アドバイスをお願いします。
小口:私たちはこれまでに、JETROの支援を通じていくつかのイベントに出展する機会をいただきました。その際、現地の投資家やテレビ局系のアクセラレーションプログラムなどから関心を寄せていただき、いくつかの前向きなお話もありました。ただ、実際に成果に結びつけるまでには至らず、あらためて自社としての準備や体制の重要性を実感しました。

とはいえ、海外だからといって必要以上に構える必要はないと感じています。本質的に価値のあるサービスを提供できれば、国境を越えても十分に通用します。私たちも最初は現地に渡航し、直接ユーザーに使っていただきながらフィードバックを得て、それを反映させていくというプロセスを重ねてきました。まだ道の途中ではありますが、今後も着実に歩みを進めていきたいと思っています。

柳井:私たちは海外展開を進めるにあたり、X-HUB TOKYO 2023のシンガポールコースに参加しました。現地にネットワークがない状態からのスタートでしたので、プログラムを通じて信頼できるつながりを構築し、現地で一定の認知を得ることができたことは、非常に有効な経験だったと感じています。

当社では海外展開を本格的に始める前に、自社のサービスに十分な競争力があるかどうかを慎重に見極めることを重視してきました。事前に営業活動を行い、実際にお客様を獲得したうえで進出することで、リスクを最小限に抑えることができたと考えています。海外市場においても自社の強みを活かし、確実に価値を届けていくためには、準備と段階的な検証の積み重ねが何より重要だと実感しています。
皆様、貴重な体験に基づくお言葉をありがとうございました!

当イベントでは、英国・欧州の最新スタートアップ・エコシステム動向や、現地進出のリアルな事例をご紹介しました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外スタートアップ・エコシステムの特徴や魅力といった最新情報や、国内外のオープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。