都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月9日、2025年度 X-HUB TOKYO #3海外展開セミナー「シンガポール・インドネシア進出最前線」を開催しました。本セミナーは、海外展開を目指すスタートアップを対象に、東南アジアの最新市場動向や展開戦略の実践知を共有することを目的としたものです。

セミナーの前半では、インド、および東南アジアに特化したベンチャーキャピタルを展開するリブライトパートナーズ株式会社のFounding General Partner 蛯原健氏をお招きし、シンガポールとインドネシアを中心とした東南アジアのスタートアップ・エコシステムの概観と、進出時に押さえるべきポイントについて、定量的なデータを交えてご講演いただきました。

後半は、蛯原氏のファシリテーションのもと、AnyMind Group株式会社 CEO and co-founder十河宏輔氏と、Terra Charge株式会社取締役海外事業本部責任者の鈴木剛氏をパネリストに迎え、シンガポールやインドネシアへの展開経験に加え、現地で得た気づきや課題について、具体的なエピソードを交えながらパネルディスカッションが行われました。


基調講演:東南アジアのエコシステム紹介

リブライトパートナーズ株式会社
Founding General Partner 蛯原 健氏

はじめに、インドと東南アジアに特化したベンチャーキャピタルを、シンガポール、インド・バンガロールおよび東京の3拠点体制で運営するリブライトパートナーズ株式会社のFounding General Partner・蛯原 健氏に、東南アジア全体の資金調達環境や市場の特徴について伺います。
2024年のスタートアップの資金調達額を見ると、東南アジアは全体で約50億ドルと、日本を下回る水準に落ち込みました。数年前には日本の約3倍の調達規模があったことを考えると、これは大きな減速であり、私たちの実感としても、ここ数年で調達環境は急速に厳しくなってきています。

東南アジア市場には、国や地域によって大きく商環境が異なる「Fragmented(細分化)」や、小規模・零細ビジネスが圧倒多数であり、近代化経営投資がなされていない「Unorganized(非近代的)」、そして既存ビジネスを持たざるがゆえに、デジタルネイティブなイノベーションが先進国より早く起きる「Leap Frog(新興国の段階飛ばし発展)」の3つの大きな特徴があります。

このような複雑な市場では、現地の事情に精通し、深く入り込めるチームを持つことが欠かせません。そして今は、資金調達環境の厳しさから、「利益を出せるかどうか」が以前にも増してシビアに見られています。短期的な成長だけでなく、持続的に収益を上げる力が問われる局面に入っているともいえるでしょう。
東南アジアの中で、シンガポールとインドネシアのスタートアップ・エコシステムや市場の特徴について教えてください。
シンガポールの特徴や役割をみていくと、「広域ハブ」「金融ハブ」「ハイテク都市」「オープンイノベーションシティー」という4つに分解できます。まず、地理的な特性から、シンガポールを拠点にするとASEANのみならずアジア全体を見据えることができるため、グローバル企業のアジア統括拠点が多数集積しています。また、東南アジアにおける“デラウェア”のような存在として、多くのスタートアップがこの地に法人を登記し、資金調達の拠点としています。さらに、新規事業開発部門や大企業によるスタートアップとの連携も盛んで、アジアのイノベーションをけん引する重要なエコシステムを形成しています。

一方、インドネシアは東南アジア最大の経済圏です。人口は約3億人、GDPはASEAN全体の約3分の1を占めています。特に注目を集めるのが、デジタル経済の急成長です。その取引総額は日本に匹敵し、ASEAN全体の約6割を占めています。これは、既存のインフラ整備を飛び越えて一気にデジタル化が進んだ、Leap Frogによるものです。市場規模だけでなく、社会全体がデジタルシフトしているという点でも、日本のスタートアップにとっては大きなチャンスが眠る国といえるでしょう。
最後に、日本のスタートアップが東南アジアに進出する際の戦略やポイントについて教えてください。
まず、自社が「グローバル型」のビジネスか「ローカル特化型」のビジネスかを見極めることが重要です。グローバル市場でも競争力を持つのか、それとも特定市場に特化して戦うべきなのか。ビジネスの特性を理解することが、海外展開の第一歩になります。

また、TAM(Total Addressable Market=獲得可能な最大市場規模)を現実的に見積もり、その市場に対応できる「正しいチーム」を現地で構成することが求められます。特に重要なのが、現地の幹部人材の採用です。さらに、株主構成にも工夫が求められます。海外で事業を展開するのであれば、やはり現地の財閥系企業などが株主として加わると、営業活動、信頼性の確保、人材採用などあらゆる面でプラスに働きます。こうした一つひとつの判断と設計が、東南アジアという複雑でダイナミックな市場における成否を左右します。

パネルディスカッション

リブライトパートナーズ株式会社Founding General Partner 蛯原 健氏(左上)
AnyMind Group株式会社 CEO and co-founder 十河 宏輔氏(中央下)
Terra Charge株式会社 取締役 海外事業本部 責任者 鈴木 剛氏(右上)

セミナーの後半ではパネルディスカッションを行います。パネリストにはAnyMind Group株式会社 CEO and co-founder 十河 宏輔氏、Terra Charge株式会社 取締役 海外事業本部 責任者 鈴木 剛氏をお招きしています。また、ここからのファシリテーションはリブライトパートナーズの蛯原氏にお任せいたします。まず、皆さんの自己紹介と東南アジアで展開しているビジネスについてお伺いします。
十河 宏輔(以下、十河):私たちAnyMind Groupは、オンラインでビジネスをサポートする事業を幅広く展開しています。生産やECサイト構築、マーケティングや物流までを一気通貫でサポートできるソフトウェアを開発しており、ベトナムやインド、タイやマレーシアなどアジア24拠点で事業を行っています。2024年の売上は507億円で、そのうち約40%が東南アジアからの収益です。当社は2016年にシンガポールで創業しましたが、当時からアジア市場には大きな可能性を感じていました。若年層が多く、デジタル化が進んでおり、今もなお力強い成長を実感しています。

鈴木 剛(以下、鈴木):私たちTerra Chargeは、「日本からメガベンチャーをつくる」というテラグループの志を掲げ、2022年に創業しました。EV(電気自動車)充電インフラのプラットフォーム事業を手がけており、日本国内ではシェアトップを獲得しています。現在はインドネシアやタイにも拠点を設け、海外展開を進めています。新興国では、EVインフラがまだ整備されていない分、これから一気に普及が進む余地があります。そういいった意味で、インドネシアは人口規模が大きく、我々が“ナンバーワン”を目指せる市場だと確信しています。
東南アジアで事業展開を進めるなかで、最も大変だったことを教えてください。
十河:最も難易度を感じたのは、「組織づくり」です。国ごとに文化も人材の特性も違いますし、事業のフェーズによって必要な人材像も変わってきます。たとえば台湾では、8年間でカントリーマネージャーを5人交代しました。それくらい、最適な人材の見極めと適切な入れ替えが必要だと感じています。どのタイミングでどのようなリーダーを据えるかは、現地展開の成功を左右すると学びました。

鈴木:当社では、現地で競合に打ち勝つために、継続的にアクションを起こし続けることが最もハードでした。私たちは、競合企業で活躍する人材に積極的に会いに行き、採用につなげるというアグレッシブな手法を採っています。LinkedIn などを通じて候補者とコンタクトを取り、現地で直接対話を重ねながら実力を見極めて口説きました。こうした人材はすでに市場で実績を上げ、顧客や業界とのネットワークも深いため、自社の立ち上げを加速させるキープレーヤーとなります。競合を分析するだけではなく、実際に現場に足を運び、優秀な人材を仲間に迎え入れることで、現地展開のスピードと精度を高めてきました。
最後に、東南アジア展開を目指すスタートアップに向けたアドバイスをお願いします。
十河:まずは現地の業界イベントには積極的に参加することをおすすめします。とにかく現場に出向き、ネットワーキングの機会を広げることが大切です。また、先ほど鈴木さんもおっしゃっていましたが、LinkedInの活用は非常に有効です。現地の人材とつながり、情報収集や採用にも活かせます。東南アジアはとても面白く、ポテンシャルのあるマーケットです。しかも親日的で、日本企業に対する信頼感も高い。ぜひ日本の企業やスタートアップの皆さんもチャレンジしていただけたら嬉しいです。

鈴木:東南アジアへの進出を検討しているものの、まだ現地との接点がない場合は、アクセラレータープログラムなどへの参加をおすすめします。私自身、2024年にX-HUB TOKYOプログラムに参加し、非常に有意義な経験と学びを得ました。現地でのネットワークを構築できただけでなく、実際に契約に結びついたケースもあります。また、すべての条件が整うのを待つのではなく、「準備が60%でも、まずは動いてみる」という姿勢が重要だと感じています。東南アジア市場では、スピード感こそが成功の鍵です。まず一歩を踏み出すことが、次のチャンスを引き寄せる大きなきっかけになるはずです。
貴重なご経験を共有いただき、ありがとうございました!

当セミナーでは、シンガポールやインドネシアを中心に、東南アジア市場の特徴やスタートアップ・エコシステムの魅力をご紹介しました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外スタートアップ・エコシステムの特徴、魅力といった最新情報や、海外進出にあたっての戦略的アプローチなどをお伝えしていきます。

※本レポート中に記載の情報は、セミナー開催時点のものです。