都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは12月9日、2022年度X-HUB TOKYO#5 セミナー「いま大企業に求められるオープンイノベーション~海外スタートアップとの新規事業創出~」を開催しました。

本イベントでは、スタートアップとの連携を検討している大企業やスタートアップの支援機関の方を対象に、X-HUB TOKYOの概要説明をはじめ、大企業のオープンイノベーション事例や、国内外のスタートアップとの新規事業創出に関する有益な情報やノウハウを共有しました。
イベントの第一部・Life Science & Healthcare領域では、CIC Tokyo General Managerの名倉勝氏と、アストラゼネカ株式会社イノベーション パートナーシップ& i2.JP ダイレクターの劉雷氏が講演。第二部・Clean Tech領域では、スクラムスタジオ株式会社プログラムマネジャーの島田弓芙子氏と、株式会社MOL PLUSの阪本拓也代表、そして第三部・Mobility領域では、Plug and Play Japan株式会社Mobility Directorの江原伸悟氏とスズキ株式会 社経営企画室マネージャーの柳田章氏による講演と対談が行われました。


Life Science & Healthcare領域の概要とオープンイノベーション事例

CIC Tokyo General Manager
名倉勝氏

まず、Life Science & Healthcare領域について、CIC Tokyo General Managerの名倉勝氏と、アストラゼネカ株式会社イノベーションパートナーシップ&i2. JPダイレクターの劉 雷氏にご講演いただきます。それぞれの自己紹介とともに、領域の概要や最新トレンドを教えてください。
名倉氏:私たちCIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)は、世界8都市に展開する都心型のスタートアップ集積拠点です。1999年米国マサチューセッツ州ケンブリッジでの創立以降、20年以上にわたって、イノベーションを起こすイノベーターの方々をサポートしてきました。日本拠点「CIC Tokyo」は東京・虎ノ門に位置しており、250社以上が入居可能な日本最大級のスタートアップ向けシェアオフィスを展開するほか、ヘルスケアや環境・エネルギーといった業界特化型のコミュニティも複数形成しています。

弊社の創業の地である米国マサチューセッツ州には、48の大学や研究機関が集まり、ライフサイエンスや創薬分野において世界最先端の研究力と競争力を有するボストンがあります。米国政府機関の調査などでも、ボストンは米国内ナンバー1の「バイオテック・クラスター」にノミネートされており、私たちも現地から日々最新の情報を入手しています。

ライフサイエンス分野は、コロナ禍を経て大きく流れが変わりました。かつては大手の資本力のある企業が創薬研究を牽引していましたが、昨今はスタートアップによるワクチン開発の成果が目覚ましく、新たなプレイヤーの活躍が見られます。また、コロナ禍でうつや精神疾患の患者が増えたことで、メンタルヘルスやデジタルヘルスへの注目が集まり、投資も増加傾向に。一方、米国内の景気の低迷によりライフサイエンス領域全体の投資は減少傾向にありますが、一件ずつの投資規模が大きいという特徴は以前と変わりません。

アストラゼネカ株式会社イノベーションパートナーシップ&i2. JPダイレクター
劉雷氏

劉氏:アストラゼネカでは、ヘルスケア分野におけるオープンイノベーション活動を推進するイニシアティブ「i2.JP(アイツー・ドット・ジェイピー)」を2020年から展開しています。当初は7つの企業・団体で発足しましたが、現在パートナー数は280を超えるまでに拡大。スタートアップ企業だけでなく、弊社以外の製薬会社やファイナンス系の企業、ベンチャーキャピタルや医療機器メーカー、そして自治体などさまざまな企業や団体に参画いただいています。

また、海外との連携にも非常に力を入れ、世界21箇所に拠点を構えています。海外スタートアップのインキュベーターとも戦略的パートナーシップを締結しているため、世界市場への進出やグローバルにつながることが可能で、これまでに80を超えるビジネスマッチング、そして20を超えるプロジェクトを生み出してきました。
ありがとうございます。それでは劉さんに、オープンイノベーションの狙いやスタートアップと連携する際のポイントをお伺いします。
劉氏:製薬業界は長い間、研究や開発といったプロセスがある程度固定化されており、大きな変化が起きにくいとされていました。しかし最近は社会のデジタル化の進展、そして「ヘルスケア」に求められる内容が拡大したことで、変化のタイミングを迎えています。ただ、そうした新領域のノウハウは製薬業界内には蓄積されていないほか、革新的な医薬品を届け、より広い領域に対応するためには、1社だけの力では不十分です。そこで、スタートアップや研究機関などの外部とつながり、共に創り出す重要性が増してきています。

スタートアップとの連携に向けては、まずはミートアップなどの機会を通じて会話の回数を重ね、自社が抱える悩みを共有することが大切です。そして「協業や連携が本当に課題解決につながるのか」「スケーラビリティ(拡張性)は十分か」という2点が、重要なジャッジポイントになると思います。

外部との共創やオープンイノベーション、そして新規事業には、もちろんリスクを伴いますし失敗も多々発生します。それらを許容し、社内にも粘り強く丁寧に説明を続ける姿勢も求められます。また、大企業とスタートアップでは、意思決定のスピードが大きく異なるため、両者をつなぐ「ブリッジ人材」が重要な役割を担います。もし社内に適切な人材がいない場合は、本日のようなX- HUB Tokyoのような場を活用したり、外部の専門家サポートを依頼したりすることをおすすめします。

CleanTech領域の概要とオープンイノベーション事例

スクラムスタジオ株式会社プログラムマネジャー
島田弓芙子氏

次にClean Tech領域について、スクラムスタジオ株式会社プログラムマネジャーの島田弓芙子氏と、株式会社MOL PLUSの阪本拓也代表にご登壇いただきます。自己紹介とともに、領域の概要やトレンドについて教えてください。
島田氏:私たちスクラムスタジオでは、オープンイノベーションを通じて、日本企業とグローバルスタートアップの新規事業創出を手掛けています。日本企業と世界中のスタートアップの共創を生み出す「グローバル・アクセラレーター・プログラム」 の運営のほか、日本企業とのジョイントベンチャーによるスピンアウト起業支援や、海外スタートアップの日本法人設立などの事業インキュベーションも行っています。

米国を中心とした最新のスタートアップ情報やテックニュースに日々ふれるなかでは、昨今クリーンテック領域への注目の高まりを感じています。この背景には、世界的に異常気象が増加していることや、地球温暖化などによる経済的インパクトが増大していることが理由に挙げられます。

たとえば2021年には、世界の自然災害件数(損害額2兆円以上)は過去最高レベルを記録し、米国では1980年代と比較して、2010年代に発生した損害額1000億円規模の自然災害は3倍に増加しました。また、2020年のコロナショックからの経済回復に伴うエネルギー需要拡大や、2022年のウクライナ危機などによって天然ガスや原油などのエネルギー価格が高騰していることも、クリーンテック領域が注目を集める理由になっています。

そうした状況下で、私たちはクリーンテックを再生可能エネルギーや素材・材料、そしてリサイクルといった9つに分類して投資を行っています。日々スタートアップと情報を交換するなかでは、一企業がクリーンテック関連の製品を開発し販売するだけでなく、管理に関わる周辺サービスを展開したり、共同開発や戦略的業務提携を結んだりというオープンイノベーションの事例が増えているように感じています。

株式会社MOL PLUS
阪本拓也氏

阪本氏:私たち商船三井は、2021年にコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)「MOL PLUS」(エムオーエル・プラス)を設立し、スタートアップへの投資や、当社グループとの協業推進を図っています。スタートアップが持つ斬新なアイデアやテクノロジーと、商船三井グループのリソースを掛け合わせ、海運業と社会に新しい価値をプラスすることが我々のミッションです。

具体的には、本業の海運・物流関連の新規事業の創出や、海運のデジタル・自動化、そして環境負荷低減のソリューション開発を目指しています。もちろん、スタートアップが持つ新しい技術や製品の社会実装を支援していくことは、出資者としての役割の一つです。そこで商船三井グループのリソースを最大限に活用し、海運・海洋分野での事業創造をサポートすべく、これまで国内外8社のスタートアップに投資を行いました。
ありがとうございます。それでは阪本さんに、スタートアップとの連携や新規事業の創出にあたって、意識されている点をお伺いします。
まず、既存事業の拡大を目的としたスタートアップとの連携では「この部門の●●さんが伴走します」と、社内のライトパーソンを明確にするようにしています。一方の新規領域での事業創出の場合は、まずは「成果が実るまでに長い時間がかかる」という前提を共有することが重要です。

もし「今のタイミングで連携すべきではない」と感じたら、一度意識的に一定の期間を置いてから、別途会議を設けることも大事だと思います。そもそもクリーンテック領域というのは、事業創出やその後の成長に長い時間がかかります。そのため弊社もスタートアップに伴走する際は、中長期の時間軸を意識してプロジェクトを設計するようにしています。

脱炭素化やデジタル化の潮流を背景に、海運業界は大きな変革期にあります。とは言え、海運や物流は一大産業ですので、新しい方向に舵を取るまでには大変なパワーと時間を要します。しかし私個人としては、そんな“レガシー産業”であるからこそ、新たな風を取り入れる醍醐味がある。そう信じて、今後もスタートアップや外部との連携を進めていきたいと思います。

Mobility領域の概要とオープンイノベーション事例

Plug and Play Japan株式会社 Mobility Director
江原伸悟氏

最後にMobility領域について、Plug and Play Japan株式会社 Mobility Directorの江原伸悟氏とスズキ株式会社経営企画室マネージャーの柳田章氏にご講演いただきます。それぞれの自己紹介と、領域の概要を教えてください。
江原氏:Plug and Play(プラグアンドプレイ)は、米国シリコンバレー発の世界最大級のアクセラレーター/VCで、大企業とスタートアップのオープンイノベーションプラットフォームを展開しています。世界で年間60以上のテーマ別アクセラレーションプログラムを行うほか、500社を超える企業パートナーのイノベーション戦略を支援。また、年間250以上のスタートアップ投資を行ってきました。

そのなかで私たちのMobilityプログラムでは、モビリティの世界に変化をもたらし、より“つながる”新たな体験へと踏み出す最初の一歩となることを目指しています。モビリティにおいては、車そのものの技術開発はもちろんのこと、事故に備えた保険であるインシュアテック、更にはヘルスケアなども含めて、関連する業界の裾野が広がっています。そこで、同業他社だけでなく、同じ方向性を持つ異業種のプレイヤーと出会うことで、有意義なネットワークを構築できると考えています。それらを活かし、戦略ロードマップの策定を支援しイノベーション活動やDXを支援しています。

また、私たちはドイツをはじめ、自動車産業の最新情報や技術が集まる場所に拠点を有していますので、日々現地の情報や最新トレンドを入手して、皆さまにお届けしています。

スズキ株式会社経営企画室マネージャー
柳田章氏

柳田氏:スズキは日本のみならず、米国やインドなどの海外においても、顧客の皆さまや社会が抱える課題の解決、そしてスタートアップと共に成長するエコシステムの発展に貢献することを目指して、2016年から米国シリコンバレーにオフィスを構えています。

現地では最先端テクノロジーやスタートアップ企業の情報収集はもちろんのこと、起業家精神を学んで自社に活かすべく、役員を2週間シリコンバレーに派遣するブートキャンプも実施。そこで得た学びを帰国後にも活かせるよう、イノベーションマインドを呼び起こすイベントを定期的に開催し、スズキの「次の100年」に向かって長期的な戦略を立て、行動できる人材の育成を進めています。

自動車を取り巻く環境はここ数年で大きく変化し、自動車業界は「100年に1度の変革期」にあります。そうした時代に価値を創造するためには、机のうえで資料やパソコンに向き合い会議を行うのではなく、実際に現地に赴いて学びを得ることこそが重要だと考えています。
ありがとうございます。それでは柳田さんに、オープンイノベーションの狙いや、スタートアップとの協業事例をお伺いします。
自動車業界やモビリティ領域というのは従来、「オープンイノベーションを進めにくい」とされてきました。と言うのは、自動車産業は各社が性能や品質、そしてコストに改良と改善を重ねて成長してきた産業であり、自社の競争力を維持するためにも、そのノウハウを外に公開することは憚られていたためです。

ですがその一方で、外部の環境や社会は大きく変化し、車のあり方や人々が車に求めるニーズも変わりつつあるため、次世代の車は「単なる移動手段」に止まることはないでしょう。そうした状況では、これまでスズキが常識だと思っていたことが、通用しなくなる可能性が高い。ですので「車を生産して販売する」という従来のビジネスモデルを改めて見直し、車やモビリティのあり方を改めて多角的に考えるためにも、外部の知見を積極的に取り入れオープンイノベーションを進めることを重視しています。

たとえばこれまでの協業事例には、弊社の四輪サイトのホームページ上の課題を解決すべく、スタートアップが提供するコミュニケーションAIによるチャットを導入したケースがあります。コロナ禍でお客様が実店舗へ訪れる機会が減る中で、車選びが初めてのお客様にも分かりやすいご案内をスズキの四輪車ウェブサイト上で提供したいという課題がありました。そこで、接客員のように個別の好みや各々の状況をヒアリングし、わかりやすいご案内を行うべく、コミュニケーションAIを実装しました。

自社の課題を解決するうえでも、オープンイノベーションは非常に有効な選択肢です。もしスタートアップとのつながりを作るのが難しいという場合は、外部の専門機関を頼ったり、サポートを依頼したりしてみると、プロジェクトが動き始めると思います。

当イベントでは、大手企業に求められるオープンイノベーションや、スタートアップとの協業事例に関する有益な情報や体験談をお伝えしました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外スタートアップとの交流機会の創出や、国内外のオープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。