都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは6月29日、2023年度X-HUB TOKYO#1 海外展開セミナー「アジア市場への展開 ~シンガポールとマニラに挑む~」を開催しました。本セミナーでは、シンガポールとマニラの市場をテーマに、日本のスタートアップが進出を目指す際に知っておくべき最新情報を共有しました。

セミナー冒頭では、シンガポール共和国大使館商務部の参事官兼シンガポール企業庁の北東アジア・オセアニアグループ地域代表であるタン・ファビアン氏と、ジェトロ・マニラ事務所のディレクターである吉田暁彦氏が、シンガポールとマニラのそれぞれの地域のエコシステム概観や産業の特徴のほか、現地進出時に利用可能なサポートなどを紹介しました。

後半では、リブライトパートナーズ株式会社のFOUNDING GENERAL PARTNERである蛯原健氏にシンガポールやマニラへの展開手法をご説明いただいた後、パネルディスカッションを実施。パネリストとして、ACALL(アコール)株式会社の代表取締役の長沼斉寿氏とGlobal Mobility Service(グローバルモビリティサービス)株式会社の代表取締役社長CEOの中島徳至氏をお招きし、シンガポール・マニラへの海外展開のご経験や成功の秘訣、直面した課題などについてお話しいただきました。


シンガポール・マニラのエコシステム紹介

タン・ファビアン

はじめに、シンガポールのスタートアップエコシステムの形成や活性化を支援する同国の政府機関・Enterprise Singapore(シンガポール企業庁)のタン・ファビアン氏に、シンガポールのスタートアップエコシステムの特徴や魅力についてお伺いします。
シンガポールは近年、イノベーションが生まれる地として世界中から注目を集めています。世界のスタートアップマップを作成するStartup Blink社のレポートによると、シンガポールは2022年にアジアのベストエコシステムに選出されました。
シンガポールのスタートアップエコシステムの概要をお伝えすると、4,000を超えるテクノロジースタートアップが集積しており、これまでに30以上のユニコーンが誕生しています。また近年の傾向としては、B to Bの企業が増加しているほか、Eコマースやモビリティ、ディープテック関連のスタートアップが台頭しています。
さらに人材の観点からお話しをすると、シンガポール国立大学(National University of Singapore)や南洋理工大学をはじめ、世界トップレベルの研究機関や大学を有する点や、シンガポールの総人口の約3分の1を外国籍の方が占めていることも特徴です。このように東南アジア各国から優秀な人材が集まっていることは、国内外の企業やスタートアップにとって大きな魅力と言えるでしょう。
それでは、日本のスタートアップがシンガポール進出時に利用できるサポート支援について教えてください。
日本のスタートアップがシンガポールに進出する際には、現地でのネットワーク作りが非常に重要になります。そこでぜひ、スタートアップ関連のイベントやメンターシッププログラムなどに参加してみてください。例えば、私たちEnterprise Singapore(シンガポール企業庁)は毎年、世界中から最前線のイノベーションケースを集めるシンガポールの官民プラットフォーム「SWITCH」を開催しており、当日はベンチャーキャピタリストや政府関係者が多く訪れます。そのほか、日本のVCやJETROシンガポールのように、すでに強力な現地ネットワークを有するサポート機関も多くあります。ぜひ皆さんも、様々なサポートを活用して挑戦してみてください。

吉田暁彦

続いて、ジェトロ・マニラ事務所ディレクターの吉田暁彦氏に、フィリピンの概要やエコシステムの特徴を伺います。
皆さんもご存知のように、フィリピンは東南アジアの中でも高い経済成長率を誇る国の一つです。約1億1千万人の豊富な人口と、平均年齢が25.7歳という若い人口構成が下支えして、今後も持続的な成長が見込まれています。従来は日本企業の中でも、製造系の企業が多くフィリピンに進出していましたが、最近は再生可能エネルギーや不動産を扱う企業が展開するケースも増えています。
フィリピンのエコシステムに関しては、ASEANの中でも形成途上の段階と言えるでしょう。ですが個人的には、魅力的な伸びしろや成長余力があると感じています。現在国内には約1,500のスタートアップがあり、投資額は堅調に推移しています。なかでもフィンテック関連、特にレンディング(融資業)を手掛けるスタートアップに多くの投資が集まっていることは大きな特徴です。フィリピンでは国民の銀行口座の保有率が低くとどまっているため、デジタル技術を活用して金融サービスを提供する企業が多く活躍しています。
ありがとうございます。それでは、フィリピン進出時に利用できるサポート支援について教えてください。
フィリピンでのスタートアップ支援機関は、主に政府系、財閥系、その他と分けることができます。まず政府系に関しては、貿易産業省傘下の「QBO」がスタートアップ支援に注力しています。その一方で、フィリピンでは財閥が経済界に与える存在感が非常に大きく、同国の主要な財閥であるアヤラグループ、SM、ゴコンウェイなどがそれぞれの事業との親和性が高いスタートアップに積極的に支援を行なっています。また、世界中にネットワークを有する起業家支援コミュニティ「Endeavor」(エンデバー)のフィリピン支部が2015年に立ち上がるなど、スタートアップエコシステムの醸成が進んでいます。
さらに、フィリピン政府はスタートアップ支援体制を強化すべく、関連法律を成立させている点も近年の特徴です。なかでも「CREATE」(法人のための復興と税制優遇の見直し)法は注目すべき動きであり、これによって東南アジアで最も高いとされていたフィリピンの法人所得税率は30%から25%に引き下げられました。また、イノベーティブなスタートアップは同法にて税制上の優遇措置を享受できる可能性があります。
フィリピンにはまだまだ社会課題が山積みではありますが、それがビジネスチャンスになり得る魅力があります。日本の優れたサービスが一気に同国内で広がる可能性も十分にありますので、ぜひ皆さんもフィリピン進出を検討いただけたらと思います。

シンガポールやマニラ進出を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方

蛯原健

次に、シンガポールをはじめ、東南アジア主要6カ国やインドなどのスタートアップに投資を行なうリブライトパートナーズ株式会社のFOUNDING GENERAL PARTNERである蛯原健氏に、シンガポールやマニラのビジネスシーンの特徴をお伺いします。
まず、金融のハブと呼べるシンガポールには、投資家が非常に多く集まっています。会社法や税法などもしっかりと整備されていますし、バックオフィスの機能が充実している点も特徴です。そのため、東南アジアで事業を展開する上では「シンガポールに登記する」というのが業界の標準になりつつあります。
また資金調達進出という意味でも、シンガポールはおすすめの進出先です。国内のVCから世界でも指折りの機関投資まで、ベンチャー投資のプレーヤーが非常に多く集まっているほか、日本よりもレイターステージ(成長後期)を担う投資家が多い点も特筆すべきでしょう。
 一方のフィリピン・マニラは、なんと言っても今後の伸び代が期待できる点が最大の魅力です。現時点では、スタートアップの存在感は控えめですが、国内では消費者向けのEコマースが急成長を遂げており、2022年の世界のEコマースの伸び率をみてみると、フィリピンは最大の国となりました。この背景には、フィリピンの人口が非常に若く、デジタルの浸透速度が速いことが挙げられます。
それでは、アジアでの海外展開手法に関するアドバイスをお伺いします。
東南アジアと一括りで言っても、それぞれの地域で文化は大きく異なります。また、アジアでは既存のビジネスインフラを持たざるを得ない。故に、デジタルネイティブなイノベーションが先進国より早く起きる可能性も高い国も多くあります。このように日本とは大きく環境が違うことを念頭に置き、ベンチャーキャピタルやサポート機関など、現地の事情に精通した人と事業に取り組むことをおすすめします。
また、海外展開を目指すのであれば、創業期にグローバルな知見や経験をもつメンバーとチームを組むことも重要です。その地域にどっぷりと浸ることができ、かつ意思決定権のあるチームが現地にいてこそ海外事業は成り立ちますし、まずは何より、実際に打席に立って色々と試行錯誤をすることが重要です。ぜひ皆さんも、積極的に挑戦してみてください。

シンガポールとマニラ、それぞれへの展開手法や成功の秘訣

パネルディスカッション

最後に、パネルディスカッションのパートに移ります。パネリストには、ACALL株式会社の代表取締役である長沼斉寿氏と、Global Mobility Service株式会社の代表取締役社長CEOである中島徳至氏をお招きしています。まずは皆さんの自己紹介をお願いいたします。
長沼:弊社は東京、神戸、シンガポールに拠点を構え、働き方を支援するクラウドサービスを展開しています。人々の「くらし」と「はたらく」を自由にデザインできる社会や世界の実現をビションに掲げ、これまでに7,000社以上、48万ユーザーの方にサービスをご利用いただきました。海外展開に関しては、2021年シンガポールに子会社を設立し、現在はマレーシアやインドでも事業を展開しています。シンガポールは組織やプロダクトをグローバル化するための初手として、地理的、文化的に挑戦しやすい環境であったことや、東南アジアへの地域のアクセスハブとして利便性が高いことなどから、展開先に決めました。

中島:弊社はモビリティとIoT、そしてFinTechを組み合わせ、これまで金融サービスを受けられなかった方々を対象に、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の実現を目指したサービスを展開しています。2013年の創業以来、フィリピンやカンボジア、インドネシアや日本で事業を拡大し、ローン審査を通過できない低所得のタクシー運転手や配送ドライバ―向けに、ローンを組んで車両を購入できるFinTechサービスを提供しています。
海外展開を進める上で直面した課題や、それらの解決に向けてサポート機関に期待することを教えてください。
長沼:アジアで事業を展開するなかでは、同じ地域であっても国ごとに特徴やカラーが大きく異なるため、それらをどのように見極めるかに難しさを感じています。例えば、今後のサービス展開に向けて、現地調査やウェブマーケティングを行なっているのですが、想像以上にデータ習得に時間を要し、自分たちの力だけでは限界があることを痛感しています。だからこそ、今後は現地のパートナーとのコラボレーションを進めていきたいと考えています。
 また、こうした課題に直面した際、JETROさんをはじめ多くの方にサポートいただいていたことは、大変感謝しています。今後は長期的な視点に立ってローカルコミュニティにアクセスすることがより大切になってくるため、それらを後押しいただくことができれば、非常にありがたいなと考えています。

中島:僕たちは海外で9年ほどビジネスを展開しており、今日までに様々な経験をしました。なかでもフィリピン・マニラでは、私たちが始めようとしているビジネスが世の中にまだ存在していないものだったため、関係当局にご理解いただくのが難しく、非常に大変でした。また、税務、法務、労務関連のリスクに実際に直面した際は、より深い現地情報が必要だと痛感しました。
外部のサポートに関しては、私たちもJETROや大使館の皆さまに日々大変お世話になっています。強いて今後期待することを挙げるならば、トラブルシューティングなどの際に現地で共に動いていただくことができたら、大変心強いように感じます。
ありがとうございます。それでは最後に、海外展開の成功の秘訣と、海外展開を目指す皆さんへのメッセージをお願いします。
中島:海外展開においては、現地でいかにネットワークを形成できるかが鍵になります。そこでおすすめしたいのが、先ほどジェトロ・マニラ事務所ディレクターの吉田氏もおっしゃっていた、起業家支援コミュニティのエンデバーへの加盟です。私たちが海外展開を進める上では、エンデバーを通じて繋がった方々に多くのサポートをいただくことができました。
これまで色々と申し上げましたが、現地のことを調べ尽くし、リスクを考慮してでも進出しようと一度決めたら、あとはアクセルを思い切り踏むだけです。現地の未来を見据えてしっかりとローカライズすることを忘れずに、皆さんも頑張ってください!

長沼:私はシンガポールに移住してビジネスを行なっているのですが、個人的にはCEOや代表取締役自らが海外拠点に身を置くことで、現地で得たフィードバックをしっかりと事業やサービスに反映できるようになるように感じています。また、「なぜ海外展開を目指したいのか」「どのようなビジョンの実現を目指したいのか」という想いを熱く話すことができるのは、CEOや代表だけです。ですから皆さんも、そうした熱い想いを大切に、ぜひ果敢にチャレンジいただけたらと思います!

当イベントでは、シンガポールとマニラ市場の特徴や魅力をご紹介しました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外スタートアップエコシステムの特徴や魅力といった最新情報や、国内外のオープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。