都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月10日、2023年度 X-HUB TOKYO#2海外展開セミナー「欧州展開の描き方 〜ロンドンと欧州市場展開の成功に向けて〜」を開催しました。本セミナーでは、ロンドンと欧州市場の特徴や魅力をテーマに、日本のスタートアップが進出を目指す際に知っておくべき最新情報を共有しました。

セミナーの冒頭では、グローバル・ブレイン株式会社で欧州部門を統括し、ロンドンオフィスの代表を務める上前田直樹氏から、ロンドンを含む欧州市場の特徴や魅力をご共有いただきました。続いて、先輩起業家として既に欧州数ヶ国に販売拠点を有する株式会社イノフィスの取締役執行役員・依田大氏をお招きし、欧州展開のリアルを語っていただきました。

後半では、CROSSBIE GmbHの代表兼マネージング・ディレクターである山本知佳氏に、ロンドン・欧州へのスタートアップエコシステムの最新情報や進出時の事業戦略の描き方についてお話しいただきました。


ロンドン・欧州のエコシステム紹介

上前田直樹氏グローバル・ブレイン株式会社 投資グループ パートナー
欧州部門統括 ロンドンオフィス代表
上前田直樹氏

はじめに、2019年に日系独立系VCファンドとして初めてイギリスにオフィスを設立したグローバル・ブレイン株式会社の投資グループ パートナー欧州部門統括ロンドンオフィス代表の上前田直樹氏に、欧州のスタートアップエコシステムの概要についてお伺いします。
欧州は北米に次いでスタートアップ投資が盛んな地域で、魅力的なスタートアップエコシステムが形成されています。技術・サイエンス・成長ポテンシャルのどの観点からみても今後の可能性が非常に大きく、豊かな多様性を誇る点も特徴と言えるでしょう。ユニコーンの数を見ると、欧州は米国と中国に続き世界3位にランクインしていて、これまでに353社を輩出してきました。
投資面では、もちろん世界的な冷え込みはあるものの、欧州は全体的に2020年を上回るペースで推移し、なかでもイギリス、フランス、ドイツが多く投資を集めています。また、直近の3年間で米国のトップVCが欧州、特にロンドンに相次いで進出していることも明るいニュースです。
それでは、欧州のそれぞれの地域のスタートアップエコシステムの特徴について教えてください。
まず、イギリスやアイルランドには多くの有名VCが拠点を構えており、欧州域外の企業が欧州に進出する際や、欧州企業が北米進出の際に同エリアを足がかりにしているケースが多い点が特徴です。また、イギリスは国としてフィンテック、AI、機械学習、サイバーセキュリティー分野の投資に注力していて、世界都市別のフィンテック投資額ランキングをみると、2022年にはロンドンが世界1位を取得しました。その一方、半導体分野の競争力は非常に弱いとされていますので、関連技術や経験をお持ちの日系企業であれば十分に進出を狙えると思います。
続いてDACH(ドイツ、オーストリア、スイス)には、製造系企業が多く集積しているほか、ドイツ・ベルリンを中心にIT産業が発達しています。ただ、このエリアには欧州の投資家の割合が高いため、日系企業が進出するとなると言語の壁に直面することが想定されます。
一方の北欧は、近年フィンテックやクライメートテックが盛り上がりを見せています。その他イタリアなどの南欧は製造業が強く、フランス・パリを中心にフィンテックやインシュアテックに対する投資も活発です。エストニアを含む東欧はアーリーステージーの投資家が相次いで拠点を構え始めていますが、グロースステージの投資家はまだまだ少ないのが現状です。
今後皆さんが欧州拠点の設立や事業拡大を検討される際は、現地に明るい日本の政府機関や民間機関のサポートを利用されることをおすすめします。また、各国政府のサポートが必要な場合は、それぞれの在日大使館に事前に相談すると話が進む傾向にあります。
とは言っても、現地のネットワーキングイベントの参加や、現地パートナーと対面で話し合いを重ねることでしか見えてこないものもありますので、現地に深く根を下ろして欧州展開を目指していただけたらと思います。

先輩スタートアップによる欧州展開の成功の秘訣〜欧州の活用方法や進出の目的〜

依田大氏株式会社イノフィス 取締役執行役員
依田大氏

続いて、株式会社イノフィス取締役執行役員の依田大氏に、欧州展開の進捗をお伺いします。
イノフィスは東京理科大学発スタートアップとして2013年に創業し、介護負担の軽減などにつながるウェアラブルロボット「マッスルスーツ」の開発や販売を手がけています。現在マッスルスーツは介護分野だけでなく農業や製造、物流や建設現場にも導入されており、シリーズ累計で25,000台を売り上げました。
私たちは創業当初から海外展開を視野に入れていたわけではありませんが、徐々にその可能性について考えるようになり、2020年に海外進出を果たしました。まずは5つの国での販売をスタートし、現在は欧州や北米、アジアの17カ国に展開しています。2022年の販売量の内訳を見ると、海外販売割合は約2割にとどまっているものの、2025年には約半分にまで引き上げることを目指しています。
欧州展開にあたって、事業拡大や成功につながったと感じるポイントがあれば教えてください。
まず、これまで様々な国に進出してきたなかでも、EU人口は4.5億人と日本の約3倍のボリュームがあり、かつ購買力も高いため、市場としての魅力を非常に強く感じています。 そうしたエリアで事業を進めるにあたって特に重要だと感じたのは、事前準備です。ですから皆さんも、例えば事業計画の作成や市場調査の際には、自社の国内事業での成功点を抽象化した上で、収益化が見込めそうな進出先を探してみてください。私たちの場合は、市場規模や購買力、高齢化度合い、製造・倉庫・農業に携わる人口が大きい国を選出し、それらと自社の強みを掛け合わせて考えた結果、その中でもアジア圏に比べると平均年齢が高く、購買力も強い欧州圏でより自社の強みを活かせることが実感できたことから、現在はフランス、ドイツ、スペイン、イタリアに注力して展開を進めています。
また、売り上げを最大化するために、販売店とエンドユーザーの開拓を進めたことも一定の効果がありました。さらに、販売店からエンドユーザーへの販売数量を増やすために業界専門誌や展示会、SNSなどオウンドメディアを通じて情報を発信しメディアプロモーションを実施したことで、質の高い問い合わせにつながったように感じています。
海外の企業とビジネスを行うと、日本のように計画通りに進まないことは日々多く発生します。そんな時こそ根気強く、そして粘り強く行動することで道は拓けていきますので、皆さんもぜひ積極的にチャレンジしてみてください!

ロンドン・欧州を目指すスタートアップが知るべき事業戦略の描き方

山本知佳氏CROSSBIE GmbH 代表&マネージング・ディレクター
山本知佳氏

最後に、CROSSBIE GmbH 代表&マネージング・ディレクターの山本知佳氏に、事業内容と欧州のスタートアップエコシステムの最新動向をお伺いします。
私たちCROSSBIEはドイツ・ベルリンに拠点を持つ、日本と欧州のスタートアップエコシステムを繋げるアクセラレーターです。イノベーション支援、グローバル人材育成、日欧をつなぐエコシステムの形成に加えて、日々欧州のスタートアップエコシステムの最新情報の収集や発信にも注力しています。
米国調査会社・Startup Genome(スタートアップ・ゲノム)が2023年6月に発表した世界の都市別スタートアップ・エコシステムのランキングによると、イギリス・ロンドンが2位、ドイツ・ベルリンが13位、オランダ・アムステルダムが14位、フランス・パリが18位と、欧州のスタートアップエコシステムの強さを感じる結果となりました。これらの数字は、各都市でスタートアップがどのくらい成功しているのか、ユニコーンをどのくらい輩出しているのか、投資家やVCの投資額などを総合的に加味して算出されています。
それでは、欧州進出に向けて戦略を描く際、考慮すべきポイントについて教えてください。
欧州では国や都市によって特徴が大きく異なる点を留意した上で、4つのポイントをふまえて戦略を描くことをおすすめします。1つ目は、言語や文化といった「文化的要素」、2つ目は政策や規制、税制などの「ポリシー」、3つ目は「地理的要素」、4つ目は「経済的要素」です。
これらの4つの項目に沿って、ロンドンとベルリン、アムステルダムの違いについて考えみましょう。例えばポリシーに関しては、ロンドンには会社を設立しやすい土壌が整っているほか、税制上の優遇措置も設けられています。他方、ベルリンは日本と経済的なパートナーシップを結ぼうとしているため、日本企業には追い風が吹いています。アムステルダムは脱炭素に向けたポリシーが明確であり、社用車の購入にも関わってくる可能性があります。
こうした各地域の違いを考慮することに加えて、欧州展開を検討する際には、現地のエコシステムが自社にベストな環境かどうかを見極めることも重要です。残念ながら海外進出というものは、腰掛けのつもりではなかなか成果は出ません。現地に深くコミットすることで初めて結果が見えてきますので、皆さんもしっかりと現地に根ざして頑張ってみてください!

当イベントでは、ロンドンと欧州市場展開の成功に向けて、現地の市場の魅力や戦略の描き方に関する情報をご紹介しました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外スタートアップエコシステムの特徴や魅力といった最新情報や、国内外のオープンイノベーションの最新トレンドなどを発信していきます。