都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは3月19日に2023年度X-HUB TOKYO成果発信イベント「グローバルステージへ~スタートアップの海外進出戦略と実践~」を開催しました。

本イベントでは基調講演として、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が登壇。「スタートアップのための経営学~グローバル戦略の新常識~」と題して、スタートアップが海外に進出する際に必要な戦略の描き方や、抑えるべきポイントについて共有しました。

続いての成果報告では、都内スタートアップの海外展開を支援するプログラム「OUTBOUND PROGRAM」のほか、海外スタートアップの都内進出を支援する「INBOUND PROGRAM」、また、海外展開に必要な知識の習得をサポートする「SCRUM PROGRAM」に参加したスタートアップが、実体験をもとにプログラムの魅力や成果について語りました。

最後に、プログラムに参加した代表企業の皆さんによるパネルディスカッションを通じて、海外進出の進捗や各プログラムで印象に残ったポイント、そして今後海外展開を目指すスタートアップに向けての応援メッセージを共有しました。


基調講演:スタートアップのための経営学~グローバル戦略の新常識~

はじめに、早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール教授の入山 章栄氏に、日本のスタートアップが海外展開を目指す重要性についてお伺いします。
私は経営戦略や国際経営を専門として、様々なスタートアップの経営者や投資家とコミュニケーションをとり、コンサルティングやサポートを行なってきました。これまでの潮流をみますと、日本企業が海外に進出するためには、国内で事業を成功させてから世界を目指すという順序が多く、結果的に海外展開には20〜30年という長い時間がかかっていました。

しかし皆さんもご存知のように、今はグローバル化の進展のほか、英語やプログラミングといった「ビジネスプロトコル」の共通化が進んだことで、創業時から海外展開を目指すことが可能になっています。むしろ、会社の設立時から海外を目指す重要性が増してきている、とも言えるでしょう。

その理由は、世界企業の時価総額ランキングを見ると明らかです。1989年にはNTTをはじめ7社がランクインしていましたが、2023年のランキングでは、TOP10企業に日本の企業は一社もランクインしていません。
この違いは、TAM(ある事業が獲得できる可能性のある全体の市場規模)の大きさにあります。89年にランクインしていた日本企業は、年々少子高齢化が進む日本をマーケットとする企業ばかりでした。これらの企業が今も、どこをTAMとしているかを考えればランキングの意味がわかるでしょう。
海外ではアジアやアフリカをはじめ、人口増加が著しい国や地域が多くあります。人口が多いほど市場創出やマーケットの拡大につながり、ビジネスチャンスも大きくなります。もし本当に事業をスケールアップしたいと思うのであれば、創業後短い期間でグローバルを目指す、つまり「Born Global Firm」であることは、この先必須と言えるでしょう。
ありがとうございます。次に、日本のスタートアップが海外展開する上で押さえるべきポイントについて教えてください。
大きく分けるとポイントは4点あります。1点目は「世界を目指す」という目線とビジョンを持つことです。ここに共感できるかどうかで、集まってくるメンバーや投資家も変わってきます。2点目は、製品やサービスが市場に受け入れられるかどうか、つまりPMF(プロダクトマーケットフィット)を見ることです。国内レベルでなく、世界規模で市場を捉えてみましょう。進出する国や地域、そして提供するサービスや商材の種類によって市場は大きく異なりますので、自社の特徴を明確にしておくことが重要です。3点目は良い投資家と出会うことです。理念や事業内容に心から共感し、一緒に世界を目指してくれる投資家の存在は、海外進出の大きな助けになります。そして最後の4点目は、海外展開を目指せるチーム作りを意識することです。創業時から外国籍のメンバーにジョインしてもらい、グローバルなマネジメントチームを作るというのも一つの方法です。私はこれまで、海外展開を目指しているものの「海外で活躍できる人材がいない」という日本企業を多く見てきました。ですから、海外展開を視野に入れた段階から適切な人を採用して育成することをおすすめしています。そうすることで、次第に社内でもグローバルな文化が醸成されていきますし、こうした文化に引き寄せられ、新たに人が集まってくるという循環も生まれていきます。そのためには、自社の文化をきちんと言語化することが重要です。社内の様々なメンバーと時間をかけて話し合い、ビジョンや方向性、そして文化など一つ一つを言葉に落とし込むことは、その先の行動に必ずつながっていきます。

皆さんも「Born Global Firm」を目指して、ぜひ一歩を踏み出してみてください。皆さんの挑戦を心から応援しています!

各プログラム参加企業による成果報告

続いて、X-HUB TOKYOが2023年度に実施したSCRUM PROGRAM、OUTBOUND PROGRAM、INBOUND PROGRAMに参加したスタートアップによる成果報告が行われました。

SCRUM PROGRAMでは、これから海外展開を目指す都内スタートアップを対象として、海外展開に必要なマーケティング知識の習得や事業仮説検証の支援を行うとともに、海外VCへのピッチ機会等を提供。経験豊富なアクセラレーターによる「海外展開に向けたネクストアクション」に焦点を当てた講義の開催や、海外スタートアップやVCとのネットワーキングを行いました。

同プログラムに参加した、性格診断と心理分析に特化したAI相談サービスを展開するikigaiの三神勇治代表は、「狙うべき市場と拡大戦略が明確になった。また、今後進出を検討しているアメリカでどのようにアプローチすべきかという具体的なアクションにつながるアドバイスをいただけた」と振り返りました。

デジタルリハビリツールを開発・展開するデジリハの国際展開室室長高木萌子氏は「期間中にインドを訪問し、病院などでヒアリングやトライアルを重ねたことで、2024年春から現地での試験展開が決定した。海外展開の第一歩を踏み出すことができたX-HUBのプログラムに大変感謝している」と述べました。

次に、OUTBOUND PROGRAMに参加した3社がプレゼンテーションを実施。同プログラムは、グローバルに活躍する東京発スタートアップ企業創出のため、都内スタートアップ企業の海外展開を支援するプログラムです。

ヨーロッパコースに参加した、パイナップルの皮から植物性レザーを製作するPEEL Labで東京ビジネスマネジャーを務める山下愛里彩氏は「ヨーロッパといえど、各国それぞれでマーケットの特徴が異なることがよく理解できた。また、現地企業とのディスカッションをヒントに、新製品の開発にもつながった」と成果を振り返りました。

マニラコースに参加した、AI防災・危機管理ソリューションを提供するSpecteeの根来諭COOは「2024年にフィリピンでサービス展開を計画していたため、プログラムに参加した。現地のビジネスマッチングでは、販売代理店候補と交渉したり、出資に関する議論ができた。今後はフィリピンを拠点に、ASEANやアジアにもサービスを広げていきたい」と期待を語りました。

一方、東洋思想に基づいてダイバーシティ・インクルージョンを推進し、社会や企業の課題解決を目指すSOLITは、ロンドンコースに参加。田中美咲代表は「ロンドンの複数の大学とディスカッションができ、特にウェストミンスター大学とは共同研究や研究室設置の許諾を受けることができた。今後はイギリス企業のアジア展開におけるカウンターパートとして連携することが決まっている」と、手応えを共有しました。

成果報告の最後は、海外スタートアップと都内企業・スタートアップ等の交流をサポートするオンラインプログラム「INBOUND PROGRAM」に参加した2社が登壇しました。

粉末状水素を開発し、室温および非加圧条件下での水素の貯蔵、輸送を行うElectriqは、Clean Techコースに参加。Danny Weber代表は「粉末状水素の生産力の向上を目指し、日本の燃料電池メーカーや粉末工場のパートナーとのリレーション構築、そして投資家などを探していた。プログラムに参加したことで、具体的な交渉を進めることができている」と進捗を報告しました。

Mobilityコースに参加した、自動運転輸送ロボットによって産業および都市の物流を自動化、電動化を目指すAitonomiのTorsten Scholl代表は「様々な自動車のパートナーと出会うことができ、今後日本で研究開発施設を設立しようと考えている。事務所をまもなく開設するので、ぜひ皆さんと日本でお会いしたい」と笑顔をみせました。

プログラム参加企業によるパネルディスカッション

最後に、OUTBOUND PROGRAM 代表企業とSCRUM PROGRAM 代表企業によるパネルディスカッションが開催されました。

パネリストには、OUTBOUND PROGRAMに参加したクレイ・テクノロジーズの中田智文Co-Founder &CEOのほか、STYLYの白男川亜子取締役/Chief Alliance Officer、Kinishの橋詰寛也Founder &CEO、そしてSCRUM PROGRAMに参加した東京ロボティクスの坂本義弘代表取締役が登壇。モデレーターは、X-HUB TOKYO運営事務局が務めました。
まず、皆さんの自己紹介と海外進出を目指された理由や進捗について教えてください。
中田智文(以下、中田):はじめまして。クレイ・テクノロジーズ代表の中田です。私たちは、生成AIで消費者ニーズを定性的に分析するツールの開発と提供を行なっております。現在は主に消費財メーカー向けにサービスを展開しており、今回はニューヨークコースに参加しました。米国という、非常にポテンシャルの高い市場への進出を検討するなかで、X-HUBプログラムを通じて弁護士の方とつながることができました。今後は現地に法人を設立し、今年2024年の5月ごろには僕自身も移住して本格的にビジネスを始める予定です。

白男川亜子(以下、白男川):こんにちは。シンガポールコースに参加しました、STYLYの白男川です。 私たちは、バーチャル空間を彩るVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)のコンテンツ制作、及び配信ツールの開発・展開を行なっています。弊社は創業時からグローバル展開を目指しており、すでに39カ国9万人のクリエイターが私たちのプラットフォームを活用してコンテンツを制作しています。これから海外でより本格期に実績を積んでいこうというタイミングで、情報収集や思考整理の時間を作りたいと思い、X-HUBプログラムに参加しました。

橋詰寛也(以下、橋詰):Kinishの橋詰と申します。弊社はバイオテクノロジーを活用した代替食品の開発を行なっており、現在は稲から作ったミルクでアイスクリームの製造を目指しています。海外展開の目標としましては、2027年を目処にアメリカ進出を考えていため、今回シリコンバレーコースに参加しました。フードテックの市場性と規制を考慮した際に、米国、特にカリフォルニア州を魅力に感じており、現在事業開発を進めています。

坂本義弘(以下、坂本):SCRUM PROGRAMに参加しました、東京ロボティクスの坂本です。私たちは研究用ロボットのほか、物流、DC(データセンター)ソリューションに特化したロボットの開発と製品化を行なっています。弊社は現在、靴小売企業を主なターゲットに据えてサービスを展開しており、将来的な米国進出を検討すべく、X-HUBのプログラムに参加しました。私たちの場合は、創業当初は全く海外展開について考えていませんでしたが、物流ビジネスの発展性を考えた際に、海外、特に米国での可能性を感じてプログラムに応募しました。
プログラムを終えてのご感想や、今後応募を検討しているスタートアップに向けてのメッセージをお願いします。
中田:プログラム期間中は多くのVCとコミュニケーションをとれたことで、「日本よりも投資のハードルが高そう」といった、現地の感触を得ることができました。また、ネットワーキングでは、現地の起業家が非常に積極的に投資家やVCとコンタクトをとっていたのが印象に残っています。彼らに勝つ覚悟を持たなければ事業は成功しないだろうと、僕自身の決意を新たにすることができました。海外展開を目指されている皆さんには、まずは現地に実際に行ってみることをおすすめします。きっと壁にぶつかることもあると思いますが、そこからが本当の意味でのスタートになるはずです。

白男川:シンガポールでは色々な方と壁打ちをしながら事業をブラッシュアップしたり、フィンテックの展示会では多くの投資家と出会ったりすることができました。これまでの日本のユースケースを海外でも適用できるのかといった検証にもつながりましたので、非常に有意義な時間を過ごせたと思います。やはり現地に行くことでしか得られない気付きは多いので、皆さんもまずは現地に足を運んでみてください。私たちも、今回のプログラムで得た肌感を大切に、ビジネスの詳細をつめていきたいと思います。

橋詰:私の場合は、現地VCとのコネクションを得ることで、シリコンバレーのエコシステムに入りたいと考えてプログラムに参加しました。というのも、フードテックビジネスの多くがシリコンバレーから生まれており、かつ、そんなフードテックの聖地で私のアイデアがどれだけ通用するのか、「腕試し」をしたいと考えていたからです。プログラム期間中は30人を超える現地の投資家の方々にピッチを行い、鋭い質問をたくさんいただく等、現地ならではの刺激的な体験を得ることができ、想定以上の学びがありました。今後海外展開を目指されている皆さんも、とりあえず現地に行ってみる、そしてその前段階としてまずはプログラムに応募してみる、というアクションを起こすことを強くお勧めいたします。

坂本:今回SCRUM PROGRAMに参加したことで、海外展開の解像度をぐっと上げることができました。また、私が得た情報を他の役員にも共有していたところ、社内の雰囲気が次第に変わっていき、今後本格的に海外進出を目指せるようになったのは大きな成果でした。漠然と「海外進出」と捉えるのではなく、今回のように細かくステップをふむことが大事だと感じた機会となりました。私はX-HUBのプログラムを通じて、海外展開に必要な情報を整理することができましたので、「まずは情報収集したい」という目的での参加もおすすめしたいと思います。

当イベントでは、海外展開を目指すスタートアップがどのように戦略を描き、実践すべきかについて、多様な事例を参照しながら情報を発信しました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外展開に必要なノウハウや国内外のオープンイノベーションの最新トレンド、そして海外スタートアップエコシステムの特徴や魅力といった最新情報を発信していきます。