都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは6月20日、2024年度 X-HUB TOKYO キックオフイベント「日本のスタートアップを取り巻く環境の変化と今後」を開催しました。
本イベントでは、事業全体の概要説明をはじめ、日本のスタートアップを取り巻く状況とその変化、そして創業当初からグローバルな事業展開を視野に入れる重要性などを踏まえながら、都内スタートアップが海外展開を目指す際に有益な情報をお伝えしました。
イベントの前半では、東京大学FoundXのディレクターである馬田隆明氏が、「日本のスタートアップエコシステムのこれから」をテーマに基調講演を実施。日本のスタートアップを取り巻く環境の変化や、創業初期から世界を視野に入れて海外展開を目指すことの重要性について、様々なデータや実例を交えながら語っていただきました。
イベントの後半では、環境負荷の低減を実現するプリンテッド・エレクトロニクス製造技術の開発を行うエレファンテック株式会社の執行役員COO 兼 営業本部長の小長井哲氏をはじめ、日本式算数教育を取り入れた、グローバル向け算数学習アプリ「Mathmaji」を米国で展開する株式会社Mathmajiの取締役COO兼CFOの大隅文貴氏、アドフラウド(広告詐欺)対策ツール・SpiderAFを開発する株式会社Spider Labs CFOの砂田悠氏にご登壇いただき、「グローバルを見据えて戦う理由」についてパネルディスカッション形式でお話しいただきました。
その後はイベント会場で交流会が開催され、海外展開に関心のあるスタートアップの経営者や起業前の事業構想段階の参加者だけでなく、スタートアップの支援者や支援機関の方々も参加し、盛り上がりを見せました。
日本のスタートアップエコシステムのこれから
東京大学FoundX ディレクター
馬田 隆明氏
- はじめに、東京大学FoundXのディレクターの馬田隆明氏に、日本のスタートアップエコシステムを取り巻く環境の変化についてお伺いします。
-
日本のスタートアップを取り巻く環境は、この10年で大きく変わりました。具体的な数字で見ていきますと、2013年で約900億円規模だったスタートアップへの投資金額は、2022年には9664億円と、10倍に増加しました。また、ファンドの総額と設立数もこの10年で約3倍に増加しています(スピーダ スタートアップ情報リサーチ調べ)。これらは「ここから次の産業が生まれてくる」という期待感の表れとも言えるでしょう。
一方で、こうした期待の高まりに合わせて、スタートアップの成長速度の上昇や規模の拡大が求められている点は留意したいポイントです。一般的に、VCが狙う10年後の最低限のリターンはファンドサイズの3〜4倍と言われています。つまり、毎年6000億円のファンドが設立されている現状を考慮すると、10年後には日本のVC業界全体で毎年1.8兆円のリターンが求められている計算になります。
もちろん、最終的に狙うゴールの規模感はVCによって大きく異なります。しかし、日本のエコシステム全体を見たときには、企業価値が10億ドル以上の「ユニコーン」でなく、100億ドル以上の「デカコーン」の輩出が求められているというのが、現在の大きな変化と言えるでしょう。
- 環境が大きく変わりつつある中で、日本のスタートアップはどのようなポイントを事前に考慮すべきなのでしょうか?
-
初手に行うことはこれまでとは大きくは変わらないものの、初期に考えておくべきことは増えたように思います。例えば、創業初期段階から「6W1H」、つまりはどの市場で、どのような事業を、どのチームで、誰に向けて、なぜ、いつ、どう行うかをより明確にする必要があります。また、従来よりも大きな市場を狙い、大きな戦略を立てることも重要です。
先述したように、企業価値が100億ドル以上のデカコーンとなるべく挑戦しているスタートアップは、現在は4つの領域やキーワードを軸に事業を展開している様子が見受けられます。1つ目はグローバル、2つ目は宇宙やエネルギーなどの「人類未開領域」、3つ目はサイバーセキュリティーなどの「国家問題」、最後がハードウェア開発などの「物理世界」です。例えば、今後日本では労働力人口が大きく低下することが予想されており、それは同時に多くの産業での国内市場規模が縮小することを意味します。そのため、大きくなろうとしたときに、最終的にグローバルに出ていくことはもはや必須です。また、気候変動のようなグローバルな課題に日本の強みをどのように活かすかという視点もぜひ持っていただければと思います。
- 最後に、これから海外に向けて挑戦を始める日本のスタートアップに向けてメッセージをお願いします。
-
大きなスタートアップになるためには、大きな課題を解く必要がありますし、グローバルなスタートアップになるためには、気候変動などのグローバルな課題を解く必要があります。起業の初期から、最終的に大きな課題を解けるような長期的な計画をもって、バックキャスト的に戦略を練ることができなければ、大きなお金を集めることは難しいでしょう。一方で、足元の一つひとつの行動の積み重ねも同様に重要です。目の前のお客さまの課題を解決することの先に、日本や世界を救うサービスや事業が生まれていきます。
皆さんにはぜひ、今後事業を行う領域において、「その産業の変革を引き受ける」という心構えをもって、それぞれの戦略を大きく描き切っていただければと思います。そしてぜひ一緒に、大きなことをイメージして、それらを実現するために方法論を考えていきましょう。未来の世界に必要なもの、そしてこれからの日本を支える企業と産業をここから創っていければと思います。
パネルディスカッション:グローバルを見据えて戦う理由
- 続いてイベントの後半では、パネルディスカッションを行います。ファシリテーターは、東京大学FoundXの馬田隆明氏、パネリストにはエレファンテック株式会社 執行役員 COO 兼 営業本部長の小長井哲氏、株式会社Mathmaji取締役COO兼CFOの大隅文貴氏、株式会社Spider Labs CFOの砂田悠氏をお迎えしています。まずは皆さまの自己紹介と海外展開の進捗についてお願いします。
-
小長井:はじめまして。私たちエレファンテックでは、環境負荷の軽減につながる電子回路のプリント基盤開発を手掛けています。2014年の創業後、日本市場の獲得に注力していましたが、日本よりも海外からの引き合いが強い部分があることに気づき、2022年夏から海外展開を本格的に進めました。
海外の中でも、特に欧州では環境政策が次々と導入されていることから、弊社のプロダクトに興味を持っていただく機会が増加傾向にあります。その他、北米にも進出しているのですが、英語で現地の方々とコミュニケーションが取れる点は、ビジネス展開を進める上でプラスの要素だと感じています。また、欧州では現地の方に営業を任せることで、少しずつビジネスも軌道に乗り始めました。
大隅:弊社Mathmajiは、日本の算数教育を取り入れたグローバル向け算数学習アプリを米国で展開しています。市場の大きさや課題の大きさ、そして創業メンバーのバックグランドに優位性があった点が、米国を展開先に選んだ主な理由です。
米国は州やエリアによって特徴が大きく異なります。そのため、現在はテキサス州の特定のエリアでサービスを展開中です。僕たちは一部のニッチな領域で飛び抜けた実績をつくった後に、徐々に展開エリアを拡大する戦略を描いています。また、コンテンツの制作をする上での非常に頼もしい協力者が現地にいる点は、事業展開の大きな助けになっているように感じます。
砂田:Spider Labsの砂田です。私たちはデジタル広告の不正や無駄を防止し、リスクを軽減するツールである”Spider AF”の開発と販売をしています。2011年に創業し、現在はポルトガルとアメリカにも支社を構えています。
私たちは会社を立ち上げた時から外国籍の社員が在籍しており、現在も約4割は海外メンバーという背景から、創業当初から海外展開をイメージしていました。海外展開を進めている中で感じているのは、私たちの事業領域であるデジタル広告のプラットフォームは、いわば「世界共通」のものですが、営業のアプローチをはじめとしたローカライズは非常に重要だということです。そのため、現在弊社の代表は子会社のあるポルトガルのリスボンに移住して、現地の肌感覚を得ながらビジネスを推進しています。
- これまでの経験を踏まえて、今後海外展開を目指すスタートアップに向けてメッセージをお願いします。
-
小長井:まだまだ私たちも挑戦中の身ではありますが、海外展開を目指す際には、市場の分析や顧客の優先順位の解像度を上げることが重要だと感じています。それさえできれば、事業を推進する上で色々な方々や機関からサポートを得ることもできると思いますので、皆さんの挑戦も応援しています!
大隅:僕たちもまだ規模の小さい会社ではありますが、「2045年の社会はどうあるべきか」を考え、それまでに達成したい山を決めた上で、どのように事業を展開すべきかを考えるようにしています。こうした目標や指標を設定することができると、いざアクションを取る際に「なぜ今、このセグメントに注力すべきなのか」がわかりやすくなり、事業のスピード感もアップすると思います。
砂田:私たちも真の「グローバル企業」と名乗るにはまだまだ未熟な会社ですので、こういった場でベストプラクティスを交換し、引き続き学び合いながらビジネスを大きくしていけたらと思います。みんなで日本を盛り上げていきましょう!
- 当イベントでは、海外展開を進めるスタートアップや先輩起業家の皆様にご登壇いただき、経験談を交えながら、都内スタートアップが海外展開を目指す際に有益な情報をお伝えしました。引き続きX-HUB TOKYOでは、様々なイベントを通じて、海外のエコシステム・市場の特長や海外進出時のポイントなどを発信していきます。