都内スタートアップの海外進出を支援するX-HUB TOKYOは7月2日、2024年度 X-HUB TOKYO#1海外展開セミナー「東南アジア市場の突破口 ~シンガポール・インドネシア進出で成功を掴む~」を開催しました。本セミナーでは、X-HUB TOKYOの概要説明をはじめ、東南アジアのスタートアップエコシステムを牽引するシンガポールと、目覚ましい成長をみせるインドネシアを中心とした東南アジア市場の特徴や魅力をお届けしました。
セミナーの前半では、リブライトパートナーズ株式会社Founding General Partnerである蛯原健氏に、東南アジアのスタートアップエコシステム概況について、定量的なデータや実例を交えながら、東南アジア市場のリアルをご紹介いただきました。
セミナーの後半では、株式会社KINS取締役 海外事業責任者 KINSLABO SINGAPORE PTE. LTD. ディレクターの末吉涼氏、OUI Inc.最高執行責任者(COO)慶應義塾大学医学部眼科学教室研究員の中山慎太郎氏の2人のパネリストをお迎えし、蛯原氏のファシリテーションのもと、「シンガポール・インドネシアそれぞれへの展開手法や成功の秘訣」をテーマにお話しいただきました。
東南アジアのスタートアップエコシステム概況
リブライトパートナーズ株式会社 Founding General Partner
蛯原健氏
- はじめに、アジア地域に特化したベンチャーキャピタルをシンガポール本社、インド・バンガロールおよび東京の3拠点体制で運営するリブライトパートナーズ株式会社のFounding General Partnerである蛯原健氏に、東南アジアのスタートアップエコシステム概況について伺います。
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2023年のスタートアップによる各国の資金調達額ランキングをみると、米国、中国、そしてユーロ圏を含むイギリスやインドなどに続くのが東南アジアです。規模としては日本の2倍弱の数字を記録しており、資金調達額がエコシステムの大きさと捉えると、東南アジアの勢いを感じていただけることでしょう。
その中でも近年は、イーコマースやレンディング、アグリテックなどの業界が大きく成長しています。東南アジアは人口が若い国が多く、ゆえにDXの浸透がとても早いです。さらに地方では、この7年でインターネットアクセスが2〜3倍に伸長していることから、「地方のDX革命」が起きている状態です。デジタルネイティブなイノベーションが、先進国より早く起きる可能性が高い国も多くあります。
ただ、東南アジアと一括りで言っても、それぞれの地域で文化は大きく異なります。東南アジアでビジネスを展開する上では、国や地域によって大きく商環境が異なる「Fragmented(細分化)」や、小規模・零細ビジネスが圧倒多数であり、近代化経営投資がなされていない「Unorganized(非近代的)」、そして既存ビジネスを持たざるがゆえに、デジタルネイティブなイノベーションが先進国より早く起きる「Leap Frog(新興国の段階飛ばし発展)」の3点について留意しておきましょう。
- 東南アジアの中で、シンガポールとインドネシアのスタートアップエコシステムや市場の特徴について教えてください。
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シンガポールについては、私はよく「アジアのレッド・ドット(地図上に刺さる赤いピン)」、つまりは小さいながらもアジアの中核的な場所と表現をしています。シンガポールは法や税務面で安定したビジネス環境が整っているため、東南アジアの中でもシンガポールに会社を設立するスタートアップが多いのが実態です。
また、シンガポールには資金調達のエコシステムも形成されていることから、事業進出先だけでなく、資金調達先としても大変おすすめです。私たちのこれまでの経験をふまえると、シリーズB以上のスタートアップと相性が良いように感じています。
一方で、インドネシアには東南アジア最大の市場が広がっています。東南アジア全体のGDPの約3分の1はインドネシアに集中しています。「将来的に東南アジア全域でビシネスを展開したい」というスタートアップの方々には、まずはインドネシアへの進出をおすすめしているところです。
- 最後に、日本のスタートアップが東南アジアへの進出を目指す際の戦略やポイントについて教えてください。
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まずは、御社のビジネスがグローバル向けかローカル向けかをしっかりと見極めましょう。特定の技術やIP(知的財産)をお持ちの場合はグローバル展開を進めやすいと思いますが、ローカルビジネスの場合は海外進出がかなり難しくなります。次に、十分に大きなTAM(獲得可能な最大市場規模)を想定することです。そして最後に、海外展開を目指せるチームを組みましょう。そのために現地で事業責任者を採用すべきか、あるいは日本本社のボードメンバーに外国籍の方を入れるべきなのか、正解はありませんが、この辺りも事前に検討する必要があります。
一方で、私はよく「Company belongs Community」という表現を用いるのですが、グローバル化と自らのアイデンティは相反するものではありません。自社の強みや日本の良い文化は捨てずに海外に展開することは、進出先での強みになります。これらの点を抑えて、ぜひ皆さんにも東南アジアで積極的に挑戦していただけたらと思います。
パネルディスカッション:シンガポール・インドネシアそれぞれへの展開手法や成功の秘訣
(左上)株式会社KINS 取締役 海外事業責任者 KINSLABO SINGAPORE PTE. LTD. ディレクター 末吉 涼氏
(右上)リブライトパートナーズ株式会社Founding General Partner 蛯原 健氏
(下)OUI Inc. 最高執行責任者(COO)中山 慎太郎氏
- セミナーの後半では、パネルディスカッションを行います。パネリストには株式会社KINS取締役 海外事業責任者KINSLABO SINGAPORE PTE. LTD. ディレクターの末吉涼氏、OUI Inc.最高執行責任者(COO)の中山慎太郎氏をお招きしています。また、ここからのファシリテーションはリブライトパートナーズ株式会社Founding General Partnerの蛯原健氏にお任せいたします。まず、皆さんの自己紹介と東南アジアで展開しているビジネスについてお伺いします。
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末吉涼(以下、末吉):私たちKINSは、人間や動物の体内に棲む菌のバランスと、健康や美容の関連性に着目した、2018年創業のバイオテックスタートアップです。「菌をケアすることを世の中の当たり前にする」をミッションに掲げ、プロダクト事業やクリニック事業、研究開発事業を展開し、現在は約8万人の方々にサービスをご利用いただいています。
弊社は2022年に海外展開をスタートし、足元では台湾、中国、シンガポールに進出しています。シンガポール進出にあたっては、JETROシンガポールさんやJSIP(Japan SEA Innovation Platform)さんにお世話になりながら、私自身も現地に駐在して事業を推進中です。シンガポールはアジアのハブであることに加え、法整備をはじめとした安定したビジネス環境に支えられて、事業展開における拡張性の高さを感じています。また現在は、蛯原さんがおっしゃったように「資金調達のグローバル化」の重要性を感じているところです。
中山慎太郎(以下、中山):私たちは慶應義塾大学の眼科医が2016年に創業した、大学発ベンチャーです。15人ほどの小さな会社でありながらも、「世界の失明を50%減らし、眼から人々の健康を守る」という大きなビジョンを掲げ、スマートフォンで眼科診療ができる機器を開発し、新しい眼科診断モデルを提供しています。
現在世界60カ国以上で事業を展開していますが、その中でもインドネシアは市場の大きさに魅力を感じています。また、島嶼部という地理的な要因から、これまで眼科医療にアクセスするのが難しかったという課題があり、その解決に向けて現地の医療機関や医師、大学の教授と協業して進めているところです。
- 実際に海外展開を進めていく中で、製品やサービスが市場に受け入れられるかどうか、PMF(Product Market Fit)はどのタイミングで感じましたか?
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末吉:当社の商品を買ってくださった方や、クリニックに通院してくださった患者さんから「こういう商品を探していました」「こういうクリニックを待っていました」というリアクションをいただいた時は、この事業で進んでいこうと実感を持つことができました。とはいえ、まだまだ市場は取りきれていないので、引き続き開拓していきたいと思います。
中山:僕たちの場合も、実際に製品のデモをした際に現地の眼科医の方々が驚いたり、製品の周りに人だかりができるほどのリアクションをいただけた時は、確かにニーズがあると感じることができました。
- 最後に、これまで海外展開で苦労された経験や、それらをふまえて今後東南アジア進出を目指すスタートアップの皆さんにメッセージをお願いいたします。
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末吉:これまで様々な困難がありましたが、特にシンガポールで皮膚科のクリニックを立ち上げる際に採用面で大変苦労しました。もともと国内に皮膚科医が少ないことは事前のリサーチで把握していましたが、自社の理念に共感してくださる方と出会い、最終的にオファーを受け入れていただくまでは長い道のりだったように感じます。こうした一次情報の肌感覚を得られるようになるまでは、皆さんにも現地に住んでいただき、色々な方や企業とつながることをおすすめします。
中山:僕たちはいざインドネシアに進出した際に、想像以上に利益を上げるまでに時間がかかり、資金を継続する上で難しさを感じることがありました。そのため、「10年後に大きな果実を得られるだろう」というくらいの長い視点をもって事業をつくることを忘れずにいようと考えています。一方で、インドネシアで得たヒントが、日本での新たなビジネスの着想につながったこともあったため、色々なポートフォリオをもっていることも大事だと実感しています。
色々と申し上げましたが、これまでの僕の経験をふまえると、海外展開にあたって最も重要なのは「楽しむ」気持ちを忘れずにいることです。その想いを持ってさえいれば、志に共感する仲間が自然と集まり、道が開いていくはずです。
- 当セミナーでは、シンガポールやインドネシアを中心に、東南アジア市場の特徴やスタートアップエコシステムの魅力をご紹介しました。引き続きX-HUB TOKYOでは、海外スタートアップエコシステムの特徴や魅力といった最新情報や、海外進出にあたっての戦略的アプローチなどをお伝えしていきます。