海外進出を検討する企業にとって、税負担を含む支出抑制は重要な検討事項です。税率の低いタックス・ヘイブンと呼ばれる地域は、財務効率を高める可能性がある一方、国際的な税務規制の強化やコンプライアンス対応の複雑化といった課題も伴います。このような地域への進出時には、十分なリスク認識、綿密な計画、そして専門家への相談が不可欠です。

特に、限られた資金を有効活用したいスタートアップ企業にとっては、的確な経営判断と、投資家や社会からの信頼を得るための透明性の確保が、持続的な成長を左右する重要な要素となります。

本記事では、タックス・ヘイブンに関連する税務リスクや国際的な動向、日本のタックス・ヘイブン対策税制の仕組み、そして企業が適切な判断を行うためのポイントを解説します。

タックス・ヘイブンとは?その実態と税務上の留意点

海外進出を検討する企業が知っておくべき、タックス・ヘイブンの基本的な概念や代表的な国・地域、そしてそれらに関わる税務上のメリットやリスクについて解説します。

「タックス・ヘイブン(租税回避地)」の定義と代表的な国・地域

タックス・ヘイブン(租税回避地)は、法人税率が実質的にゼロまたは極端に低く、外国企業や非居住者に対する課税が限定的で、かつ税務情報の開示義務が緩やかな国や地域を指します。これらの地域では、実質的な事業活動を伴わずとも法人設立が可能なケースが多く、国際的な租税回避の温床とみなされることがあります。

代表的な地域として、ケイマン諸島、バミューダ、英領ヴァージン諸島などがあり、これらはOECD(経済協力開発機構)やEU(欧州連合)の租税回避地リストに掲載されている、または掲載されていた地域です。

タックス・ヘイブンを考慮した税務戦略のメリットとリスク

企業が税制の異なる地域に注目する背景には、法人税負担の軽減やキャッシュフローなど資金効率の向上を通じて、財務上の最適化を図ろうとする戦略的な意図があります。

これは、タックス・ヘイブンの法人税が極めて低いかゼロであるため、そこに子会社を置くことで税金を抑え、同時に資金移動の制約が少ないため、より自由に資金を動かせるようになるからです。

ただし、税制上の優遇のみを目的として拠点を設けた場合には、税務調査による追徴課税や、租税回避とみなされることによる企業イメージの悪化、社会的信用の失墜など、さまざまな不利益が生じるおそれがあります。

特に、実態のないペーパーカンパニーの設立や事業の実態を伴わない所得移転は、日本の親会社が税率の低い国にある子会社の利益を日本の所得と合算して課税する「日本のCFC税制(外国子会社合算税制)」の適用対象となる可能性があります。

国際的な租税回避への批判と規制強化の動き

近年、多国籍企業による租税回避行為が批判を受ける中で、各国政府や国際機関は規制を強化しています。

BEPS(税源浸食および利益移転)と対策プロジェクト

企業が不当に税負担を免れる行為(BEPS)に対抗するため、OECDとG20が主導する国際的な税制改革プロジェクトである「BEPSプロジェクト」が推進されています。このプロジェクトは、国際的な税ルールの整合性を高め、実体のない租税回避スキームの排除を目的としています。

国際的な情報交換制度の強化

BEPSプロジェクトの一環として「共通報告基準(CRS)」に基づく多国間の租税情報交換制度が導入されました。CRSでは、OECDが策定した国際的な金融口座情報の自動交換基準に基づき、参加国・地域の金融機関が、自国に口座を持つ外国居住者の金融口座情報を、その居住者の税務上の居住地国に毎年自動的に提供します。

新たな国際課税ルールの合意とEUの取り組み

さらに、OECD/G20の「インクルーシブ・フレームワーク」による最低法人税率15%の導入合意や、EUのブラックリスト・グレーリスト制度など、各国が協調して租税回避防止策を採用しています。

「インクルーシブ・フレームワーク」は140以上の国・地域が参加し、多国籍企業への新たな課税ルールを合意する枠組みで、最低法人税率15%はその合意の一つとして、国家間の過度な税率引き下げ競争を抑制する狙いがあります。また、EUのブラックリスト・グレーリスト制度は、税の透明性や公正な課税に協力しない国・地域をリストアップし、改善を促すものです。

これらの国際的な取り組みは、租税回避の抑制、公正な課税の確保、および国家財政の持続可能性の確保を目的とするものです。

タックス・ヘイブン対策税制と日本の制度

このような国際的な動向を踏まえ、日本のタックス・ヘイブン対策税制の仕組みについて詳しく見ていきましょう。

タックス・ヘイブン対策税制とは

企業がタックス・ヘイブン(租税回避地)を利用して不当に税負担を軽減することを防ぐための税制は世界各国で導入されており、その内容は国によって異なります。しかし、所得移転により本来支払うべき税金を免れる行為を防ぎ、適切な税収を確保するという目的は共通しています。

日本では、CFC税制(Controlled Foreign Company Taxation:外国子会社合算税制)が中心的役割を担っています。

日本のCFC税制(タックス・ヘイブン対策税制)の適用条件とポイント

日本のCFC税制は、タックス・ヘイブンに設立された外国子会社を通じて利益を海外に移転し、日本国内の課税を逃れる行為を抑止することを目的としています。

CFC税制の適用条件は、主に以下の二点が挙げられます。1つは、外国子会社が低税率国(実効税率が20%未満など)に所在すること。もう1つは、日本側の親会社等がその外国子会社に対して一定の支配関係を有することです。

この「一定の支配関係」とは、親会社が外国子会社の株式の50%超を直接または間接的に保有している場合が典型ですが、議決権の過半数を有していなくても、役員の派遣や資金提供などにより事業方針を決定できる事実上の支配力がある場合も含まれます。これらの条件を満たす場合、外国子会社の所得は日本の親会社において課税対象となります。

CFC税制の適用条件(実効税率別)

外国子会社の所在する国の実効税率 CFC税制の適用
27%以上 適用なし
20%以上~27%未満 条件付き適用
20%未満 適用

出典:
財務省「令和5年度税制改正の大綱(5/10)」

二重課税のリスクと「租税条約」に関する留意点

タックス・ヘイブン地域との間に租税条約(国と国との間で二重課税の排除などを目的とした合意)がない、あるいは限定的な内容しかない場合には、二重課税が発生するおそれがあります。

このようなケースでは、外国税額控除の活用や国際的な情報交換制度への対応など、複雑な税務処理が必要となるため、企業は事前に専門家と連携し、税務・法務両面から体制を整えることが不可欠です。

タックス・ヘイブン対策税制に関するリスク管理とコンプライアンス対応

最後に、税務戦略を検討する上で意識すべきポイントと、適切なコンプライアンス体制の構築について整理します。

企業の成長段階に応じた税務戦略の考え方

税制戦略を検討する際は、企業の成長段階や事業モデルに応じた慎重な判断が必要です。スタートアップ段階では資金効率が重視される場面もありますが、単に税率の低さだけを拠点選定の基準とすると、長期的な事業運営において様々な制約やコンプライアンス上の問題を引き起こす可能性があります。

そのため、税率の低い国を選ぶのではなく、総合的な税務戦略が求められます。たとえば、知的財産権(特許など)をタックス・ヘイブンにある子会社に移転させた場合、取引が不自然だと判断されると、日本の税務当局から寄付金と見なされ課税されるリスクがあります。また、グループ内取引も移転価格税制の適用により、取引価格の適正性が問われることがあります。

これらの点を踏まえた上で、適正な企業活動として認められることで、将来的な事業の安定性と成長を担保することにつながります。

国際税務リスクの対策

タックス・ヘイブンに設立した法人が「ペーパーカンパニー」(実態のない会社)とみなされると、CFC税制の適用による追徴課税、金融機関や投資家からの信頼失墜、資金調達難、さらには国際的な批判に直面するリスクがあります。

適正な海外事業運営のためには、現地での実質的な事業活動の確保が不可欠です。これは、日本のCFC税制において、実態のある事業を行っている子会社を合算課税の対象から除外する「経済活動基準」を満たすために重要となります。たとえば、物理的な事務所の確保、現地従業員の雇用、定期的な取締役会の実施、現地銀行での取引、契約書や会計記録の整備などが挙げられます。

法務・税務の専門家との連携

タックス・ヘイブンに拠点を設ける場合、その国の会社法・税法・為替規制・登記要件など、多岐にわたる規制を遵守する必要があります。たとえば、法人設立時の登録要件や資本金、銀行口座開設の可否などは国・地域ごとに異なります。

これらの法的・実務的な対応は、特にスタートアップや中小企業にとって大きな負担となることから、信頼できる外部の法務・税務専門家との連携が欠かせません。透明性と適法性を確保した運営体制を築くことが、投資家や取引先との信頼関係を築く基盤となります。

(まとめ)

タックス・ヘイブンを考慮した税務戦略を検討する際は、制度の表面的なメリットだけでなく、リスクや国際的な規制動向への理解が求めまれます。重要なのは、透明性・適法性・経済的実態に基づいた持続可能な運用体制を築くことです。

特に知識や経験、経営資源が不足しがちなスタートアップや中小企業においては、税制面だけでなく事業全体との整合性を踏まえた意思決定が不可欠です。海外進出の際は検討を重ね、追徴課税や企業イメージの悪化といったあらゆるリスクをコントロール下に置く必要があります。専門家と連携し、自社にとって最も適切な形での海外展開を目指しましょう。

また、国際税制は常に変化しているため、最新の税制改正情報を継続的に確認することをおすすめします。

東京都が主催する「X-HUB TOKYO」では、都内から海外進出を目指すスタートアップ企業を支援しています。海外進出に役立つ最新情報の提供はもちろん、現地の企業との交流機会、専門家によるメンタリング、そして海外での人的ネットワーク構築など、スタートアップ企業のグローバルな舞台での成功を多角的にサポートします。

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参考:
財務省「毎年度の税制改正」

【この記事の執筆】

hawaiiwater

「X-HUB TOKYO」Webマガジン編集部

この記事は、東京都主催の海外進出支援プログラム「X-HUB TOKYO」の編集部が監修しており、スタートアップの海外進出に関して役立つ情報発信を目指しています。

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