経済格差は、国全体の購買力や消費市場の構成に大きく影響します。特に中間層の規模は、企業がどの層を主要な顧客とするかを判断するうえで重要な指標となります。
海外進出を検討する企業にとっても、現地の所得分布や社会構造の理解は、市場戦略を立てる上で欠かせない要素です。ここでは、アメリカの経済格差の現状とその背景、そして格差是正に向けた取り組みを整理します。
小さな政府と格差拡大の背景
アメリカは「市場原理主義の国」として知られています。市場原理主義とは、政府の介入を最小限にし、個人や企業の経済活動の自由を尊重する考え方を指します。この理念は、税負担や規制を最小限に抑え、個人や企業の自己責任を重視することで、経済の活力を高める効果があります。
ただし、その一方で、所得再分配や社会保障への公的支出は抑制されやすく、医療や教育などの分野では支援の行き届かない層が生じやすくなっています。こうした背景から、アメリカは先進国の中でも格差が大きい国の一つとされています。
アメリカの経済格差と貧困率

アメリカでは、経済的な格差や生活水準を把握するために複数の貧困指標が用いられています。
米国勢調査局の2024年統計によると、公式貧困率は10.6%(約3,590万人)で、前年より0.4ポイント低下しました。景気回復や雇用拡大が寄与した一方、税や給付、生活費の負担を考慮する「補足的貧困率」は12.9%と上昇しており、物価高や一時的給付の終了が影響しています。
所得分配の偏りを示すジニ係数については、米国勢調査局の報告によれば、2022年に0.488、2023年には0.485とわずかに低下しました。依然として主要先進国の中でも格差水準は高く、所得の偏在が続いている状況です。ジニ係数は0から1で表され、0に近いほど平等、1に近いほど格差が大きいことを示します。一般的に0.4を超えると格差が顕著とされ、アメリカでは引き続き所得格差の深刻さが課題となっています。
相対的貧困と絶対的貧困の違い
貧困率を理解するには、「相対的貧困」と「絶対的貧困」を区別する必要があります。相対的貧困率は、その国の所得分布の中央値の半分未満しか得ていない人の割合を指し、国内の格差の大きさを示す指標です。一方、絶対的貧困率は、生存に必要な最低限の生活水準(食料・住居・医療など)を満たしていない人の割合を示します。
アメリカの公式貧困率は、国際的な基準でみると相対的貧困率に近い指標として扱われていますが、算出基準や生活費の定義に差がある点に留意が必要です。
パンデミック期の影響と経済格差の拡大

新型コロナウイルス感染症の流行は、アメリカの経済格差を一時的に拡大させる要因となりました。2020年から2021年にかけては、飲食・小売・宿泊など対面型産業で雇用喪失が相次ぎ、低所得層(主にサービス業従事者)を中心に収入減が広がりました。
一方で、リモートワークが可能な職種や資産を多く保有する層では、金融市場の回復とともに資産価値が上昇し、「労働環境の差による所得格差」と「保有資産の差による資産格差」の双方が拡大しました。こうした格差構造の広がりが、アメリカ経済の不平等をいっそう深刻なものとしています。
連邦政府は、現金給付や家賃支援、失業保険の拡充など大規模な景気刺激策を実施し、一時的に貧困率を押し下げましたが、支援策の終了後には補足的貧困率が再び上昇しました。この状況下で、IMFの最新見通しによると、米国の失業率は2024年には4.03%、2025年10月時点では4.18%へ上昇すると予測されています。金利上昇や景気の減速を背景に、労働市場の拡大ペースはやや鈍化しているとみられます。
地域・人種・世代による格差の違い
アメリカ社会には、白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系など多様な人種が存在しており、これらの人種間における所得格差や失業率の差異は、依然として重要な社会課題です。
米連邦準備制度理事会(FRB)による2022年の調査によると、白人世帯の中央値資産は黒人世帯の約6倍、ヒスパニック世帯の約5倍に達しています。さらに、黒人やヒスパニック系の労働者はパンデミック期により高い失業率に直面し、雇用や所得の回復でも遅れが見られます。
また、世代間の格差も顕著で、若年層では教育費や住宅費の負担が大きく、学生ローンの返済が消費活動を圧迫しています。地域別に見ると、カリフォルニア州やニューヨーク州などの大都市圏では生活費が高騰する一方、南部や中西部では比較的物価が低く、同じ収入でも地域間で実質的な購買力に大きな差が生じています。こうした複合的な格差構造は、アメリカ経済の持続的成長を考える上で無視できない課題です。
格差是正への取り組み

アメリカ連邦政府は、格差是正を経済・社会政策の重要課題の一つとして位置づけています。特に、低所得層の生活安定と中間層の再拡大を柱に、医療・賃金・税制を通じた生活基盤の強化を進めています。低所得層は連邦政府が定める貧困線を下回る世帯(人口の約1割前後)、中間層は全世帯所得の中位50%程度(約半数)を占める層とされ、近年はこの中間層の縮小傾向が課題となっています。
医療制度の安定化
アメリカでは、2010年に制定された医療保険制度改革法(通称「オバマケア」)を起点として、国民の医療アクセス拡充が段階的に進められてきました。この制度は、低所得者や中小企業の従業員など、従来保険に加入できなかった層に対しても医療保険への加入機会を広げ、所得に応じた補助金制度を導入した点で画期的でした。その後、政権交代を経ても制度の枠組みは維持されており、現政権下では制度の安定化と補助金制度の継続を重視する方針が取られています。
2025年初頭の連邦保険マーケットプレイス(Marketplace)加入者数は約2,420万人と過去最高を更新し、低所得層や高齢者を中心に医療アクセスの改善が続いています。米国勢調査局の最新報告によると、2024年の全国無保険率は8.2%と、前年(2023年)の7.9%からわずかに上昇しました。これは、公衆衛生上の緊急事態措置の終了に伴い、一部で保険資格の再登録が遅れたことが影響したとされています。ただし、長期的には加入率の底上げ傾向が続いており、医療費負担の軽減は低所得層の家計安定に一定の効果をもたらしています。
医療制度改革は、単に保険加入率を高めるだけでなく、医療費の透明化や支払い制度の見直し、医療アクセスの地域格差是正など、構造的課題への取り組みにもつながっています。今後も、財政負担の抑制と公平な医療提供体制の両立が重要なテーマとなるでしょう。
雇用・賃金政策の現状と物価動向
アメリカの連邦最低賃金は1938年の公正労働基準法(FLSA)施行以来、時給7.25ドルのまま据え置かれています。 一方、各州や主要な市・郡が独自に最低賃金を設定・改定しており、地域ごとに大きな差が見られます。
2025年1月時点では、21州と48の市・郡で最低賃金が引き上げられました。カリフォルニア州(時給16.5ドル)やワシントン州(16.66ドル)など、生活コストの高い地域ほど上昇幅が大きい傾向があります。これらの改定は、低所得労働者の所得改善に一定の効果をもたらす一方、中小企業にとっては人件費の増加が課題となっています。
また、最低賃金の引き上げは、生活費の上昇に対応する側面もあります。米労働統計局(BLS)のデータによると、2024年の消費者物価指数(CPI)は前年を上回る水準で推移し、特に食料や住宅など生活必需品の価格上昇が家計を圧迫しています。多くの世帯では実質購買力の回復が十分ではなく、賃金上昇と物価安定の両立が引き続き政策課題とされています。
税制・家計支援の見直し
所得格差の是正に向け、児童税額控除の一部拡充措置は2025年度も限定的に延長されました。低所得世帯への還付上限が引き上げられ、所得制限も調整されています。これにより、子育て世帯、特に低〜中所得層の税負担軽減が図られています。
もっとも、恒久化に向けた議会での調整は継続中であり、制度設計の行方が注目されています。住宅ローン支援や奨学金返済の負担軽減策など、所得下位層を支える政策も維持されており、教育・住宅分野を中心とした家計支援が続けられています。
一方で、直接給付や補助金の大幅拡大は抑制され、財政健全化と支出の効率化を両立させる姿勢が示されています。こうした取り組みは、経済成長と社会的安定の両立に向けた基盤として、引き続き重要な位置づけにあります。
まとめ
アメリカでは、経済的な豊かさの一方で、所得・地域・世代による格差が依然として存在しています。社会保障や医療制度の充実、最低賃金の見直しなど、格差是正に向けた取り組みは継続していますが、構造的な課題の解決には時間を要します。企業が海外進出を検討する際には、現地の所得分布や中間層の厚み、地域ごとの市場特性を的確に把握し、消費構造に応じた戦略設計を行うことが重要です。
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