海外進出するということは自社の製品やサービスを海外展開するということ。事業が広がるチャンスであると同時に、リスクもはらんでいます。とくに知的財産については事前に綿密な調査が必要です。

海外展開における知的財産のリスクとは

日本において海外市場の重要性は高まっています。海外の魅力的な市場に活路を見出す企業がある一方で、残念ながら知的財産権などの問題も聞かれます。東南アジアなど近隣の国で日本製品の偽物やコピーが出回っている現状は、多くの人がニュースなどで知っているのではないでしょうか。

大江戸温泉物語のケース

その事例のひとつが、上海の温泉施設・大江戸温泉物語です。これは上海に2016年にオープンした大江戸温泉物語に対して、日本本家である大江戸温泉物語が抗議した問題です。上海の運営会社はライセンス契約を締結したと主張していますが、日本の温泉物語はこれを否定しています。

日本の大江戸温泉物語は日本で「大江戸温泉物語」を商標登録しています。しかし、これをもとに上海の運営会社に対して名前を使用しないように主張できるかというと、それは違います。商標といった知的財産権の問題は属地主義といって、権利の保護が求める国の法律で判断されてしまいます。つまり、日本で商標登録していても海外ではそれを主張することができないのです。

第三者による冒認出願問題

もちろん、日本から見て偽物やコピーが出回ったとしても、必ずしも直接的な損害になるとは限りません。冒認出願とは、既に登録されている商標と知りながら、それと類似する商標を出願することを指します。つまり、他者の商標を無断で利用することです。冒認出願された商標が登録されることで、既に使用している他者の商標の利用が制限されることもあるのです。

実際に、これから海外展開しようとしているにもかかわらず、海外で先んじて知的財産権が横取りされてしまうことで、進出をあきらめなくてはならないというトラブルも起きているのが現状です。悪質なケースでは、現地のコンサルタントにノウハウや技術を先に話した結果、無断で特許を出願され、さらに特許権を侵害したとして賠償金の支払いを命じられてしまった企業もあります。

知的財産とは何か

そもそも知的財産権とは、人の知恵から生み出された形を持たない財産のことを言います。形を持たないということは、そのアイデアを聞いた第三者が真似もできるということ。しかし、費用やコストをかけて生み出したアイデアが真似されては努力も報われません。そこで、知的財産を権利として保護する制度が生まれました。

産業に関わる知的財産には、特許権・実用新案権・意匠権・商標権があります。これらを特許庁に対して出願し、審査を経て登録を受けることにより権利が発生するのです。特許権・実用新案権・意匠権・商標権について、それぞれ詳しく見ていきましょう。

特許権

まず特許権とは、産業の発達に寄与する「発明」に対して与えられる権利です。発明とは、ものごとを技術的に解決するためのアイデアや方法、製品、装置などを指します。特許権を取得するためには、発明に新規性があること、進歩性があること、そして産業上利用することができることが条件になっています。

具体的に、「新規性」とは新しさ、つまり世界中で既知の技術や製品と比較して、新しい要素があるかどうかが判断基準となります。また「進歩性」は、発明がその技術分野の技術者たちにとって、誰でもわかるようなことではないことがポイントです。少しの工夫で思いつくようなことであれば、進歩性がないと判断されます。そして「産業上の利用性を有すること」とは、その発明が実用的であることを示します。実験や学術的にしか利用することができないものは、産業の発展に寄与するとは言えず、特許として認められません。

特許権は、特許を受けた発明について発明者が「一定期間、独占的に使用できる権利」です。日本では20年と定められている期間中、他社が同じ技術を使用することを禁止し、他人に譲渡することも可能です。発明者が自身の発明を守ること、そして開発や商品化を促進することができるため、企業や個人の競争優位性を高める上で重要な役割を果たしています。なお、特許権を取得するための審査には時間がかかるため、発明の保護が必要な場合には、出願前に秘密保持契約(NDA)を締結することが一般的です。

実用新案権

実用新案権とは、特許権と同じく製品に関わる知的財産を保護する権利です。内容も似ていますが、保護の対象が「物品の形状、構造、組合せに係る考案」とされています。形状や構造の改良、組み合わせ、または用途の新しい発見によって得られたものなどを指し、具体的には、簡易的な工具や器具、日用品の改良などです。

特許権と実用新案権の違いは、新規性の有無や技術的に高度な発明であることは求められておらず、プログラムを含む物や方法も該当しない点です。発明と比較して保護条件が緩いため、小規模な発明や改良に対して使われており、保護期間も日本では特許よりも短い10年と設定されています。

実用新案権も出願書を提出しますが、審査を受ける必要がないのも特徴です。正確に言うと、形式的な審査はあるものの、その技術が新しいものであるかどうかという新規性や進歩性等についての細かい確認はなく、無審査で登録となります。そのため、特許制度よりも早く簡易に保護できる制度とされています。簡易的なものであっても、実用新案権を取得することで、他社からの模倣や類似品の出現に対しても法的な手段を持つことができます。

意匠権

意匠権は、デザインを新しく創作した場合の知的財産権です。意匠とは美術品や工芸品、工業製のデザインや模様などの外観を保護するための権利であり、具体的には、製品のデザインやパッケージ、ロゴマーク、商標などで、建築物も含みます。

意匠権は製品のデザインや外観を保護するための権利であり、商標権や特許権とは異なるものです。取得するためには、デザインに新規性があること、独自性があること、工業上利用可能であることが求められます。製品の外観を他社と区別できるようにすることで、ブランド価値の向上や競争優位性の獲得につながることになるでしょう。

意匠権の存続期間は、改正意匠法により出願の日から25年に延長されました。ただし、意匠権には、更新や延長の制度はありませんので、存続期間の満了日には注意してください。また、意匠権の侵害に対しては、差止請求や損害賠償請求などの法的な措置を取ることができます。

商標権

最後に商標権は、事業者が取り扱う商品やサービスを他社のものと区別するために使用するマーク(識別標識)やネーミングに関する権利です。具体的には、ロゴマーク、商品名、サービス名などを指します。

商標権を取得するためには、商標に新規性があること、独自性があること、混同されるおそれがないことが必要となります。また、商品やサービスとして使用されていることも求められます。商標権の保護期間は、国や地域によって異なりますが、一般的には、登録から10年程度の期間が与えられます。また、登録後の指定された期間に更新を行うことで、期間を延長することができます。

商標権は、企業や団体が商品やサービスを識別するために欠かせないものであり、他社からの模倣や偽装品の出現に対しても法的な手段を持つことができます。また、商標を用いたマーケティング活動によって、商品やサービスの認知度を向上させることができるため、ビジネスの成功に重要な役割を果たします。

海外で知的財産権の保護を受けるには、それぞれで国それぞれの制度にしたがって手続きが必要です。つまり、進出する国が多ければ、その数だけ手続きをしなくてはなりません。ただし、手続きを簡便にする制度が利用できることもあるので、自社での対応が難しければ、専門家に相談することをオススメします。

知的財産を守るために出来る対策とは

知的財産とは

次に、海外展開する場合に知的財産を守るための具体的な対策を見ていきましょう。ただし、各国の法律や制度、ビジネス環境に状況は異なるため、事前に十分な情報収集を行いましょう。

知的財産権の出願・管理

海外展開をする企業は、進出先の法律や規制に基づいて、特許・実用新案・意匠・商標・著作権、さらには地理的表示・植物品種などの知的財産権を出願し、保護することが重要です。それぞれの特許出願制度や商標登録制度は方法が異なるため、手続きや要件を調査し準備を進めてください。

また、登録をしただけで安心してはいけません。それぞれの国の法律や制度に従って、知的財産権の登録や更新・使用許諾・ライセンス契約・害監視などの管理を行ってください。登録期間や更新手続き、使用許諾契約の法的効力などについても国によって異なるため、細かく管理し、権利を守るようにしましょう。

監視活動・法的手段の活用

知的財産権を保護するためには、自社の権利を侵害する行為を監視し、必要に応じて取り締まることも必要になってきます。具体的には、特許権や商標権などの出願・登録情報を常に把握し、他社の侵害行為があった場合には、速やかに対応することです。また、競合他社の知的財産権についても定期的にチェックし、侵害行為を防止することが重要です。

もし知的財産権が侵害された場合には、各国の法律や制度に基づいて、侵害行為を取り締まることになります。訴訟や仲裁などの法的手段を活用するためには、各国の法律や手続きに精通した弁護士や代理人との連携が必要になりますので、事前に調べておいてもよいでしょう。

社員教育・パートナーシップの構築

全社員に知的財産権に関する知識を浸透させるためには、社員教育を実施しましょう。知的財産権に関する基礎知識や、出願や権利の管理に関する手続きの実務的な内容など、定期的にセミナーや研修を行うことが有効です。社員教育を通じて、全社員が知的財産権の重要性を理解し、その保護に取り組むことができるようになります。

また海外展開では、対社員だけではなく、パートナー企業との間においても知的財産権に関する意識を共有していく必要があります。そのため、現地のパートナー企業と、知的財産権の共有や保護に関する合意書を締結するようにしてください。パートナー企業側の知的財産権の管理体制や取り組みについても確認し、リスクの共有や協力体制を構築していきましょう。

知的財産を活用したビジネス展開

せっかく知的財産権を取得するのであれば、知的財産権を有効活用した新しいビジネスモデルや収益源を生み出すことも考えていきましょう。たとえば、自社の特許技術をライセンス提供してライセンス収入を得る、ブランド価値の高い商標を活用し、商品やサービスの差別化や顧客獲得につなげる、などといったことも可能です。

そのためには、自社の強みやビジネスモデルに合わせた知的財産戦略を策定し、その実行を徹底することが重要になってきます。また、市場の変化や競合企業の状況に応じて、戦略の見直しや改定を行うことも意識するようにしてください。

海外展開する場合に出願する知的財産権の選択

海外展開する場合、進出国での知的財産権を守る必要があります。大切なのは海外ビジネスや目的に沿ったものを選択することです。

たとえば技術に強みがある場合は、特許権を取得、ブランドに強みがある場合は商標権を取得するのが一般的です。さらに、どのように知的財産権を活用するのかを考えましょう。ライセンスによって収入を得るのか、商品や技術などの優位性を示す道具として使うのかによって考えます。

海外で知的財産権を取得するには費用もかかります。出願権利化及び権利維持にかかる費用と得られる利益が、本当に見合うかどうかを比較検討するようにしましょう。海外企業と商談をおこなう際には、開示する情報とそうでない情報をあらかじめ決めて、秘密は厳重に扱います。展示会においても必要以上の情報は開示しないようにしてください。

海外展開支援の活用

特許出願においては、すでに取得されていないかどうかを調べておく必要があります。各国の特許庁や知的財産権庁など、知的財産権の公報の閲覧ができるようになっているウェブサイトもあるため、進出国の調査をする場合にはこのような情報も参考にしてください。

また日本の特許庁では、アイデア段階からの相談も受け付けており、必要に応じて専門家である「海外知的財産プロデューサー」が中小企業等を訪問してアドバイス・支援をしてくれます。海外展開における知的財産について不安があれば、海外進出のノウハウ持つコンサルタントの力を借りることをおすすめします。

(外国出願のルートや公的補助についてはこちら

まとめ

海外展開時に自社の知的財産権を保護することを考えていない企業もあるかもしれません。しかし、消極的ではありますが、第三者に権利化されてしまうのを防ぐためにも知的財産権の取得が必要です。まずは知的財産の調査を海外進出実務経験者に相談して、必要があれば専門家に依頼するようにしてください。

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hawaiiwater

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